「優しいけど、頼りない」
上司についてそう思ったことがあるなら、あるいは自分がそう思われているかもしれないと感じているなら、この記事は、どちらの立場からでも読むことができます。
私は管理職です。そして、どんなときも怒らないと決めて過ごしてきました。
部下がミスをしても、声を荒らげない。たぶん、「優しい上司」に分類される側です。
ありがたいことに、面と向かって「頼りない」と言われたことはありません。ただ、完璧にうまくやれているとも思っていません。
「この人は、少し距離をとっているな」と感じることはあります。言葉や態度ではっきり出るわけではありません。それでも、心が十分に通っていないことは、なぜか伝わってきます。だからこれは、うまくいっている人の話ではありません。
先にこの記事の結論を書きます。
頼りなく見えるのは、優しいからではありません。決めないからです。
怒らないことと、決めないことは、まったく別のことです。そして——多くの人が、この二つを混ぜてしまっています。
「頼りない」の正体は、優しさではない

決めないから、そう見える
「優しいけど頼りない上司」で検索すると、上司の特徴を並べた記事がたくさん出てきます。
優柔不断。八方美人。上に強く言えない。責任を取らない。
並んでいるものを見ていくと、共通点があります。
全部、決めていません。
- 判断を求めたのに、「ちょっと考えさせて」と言ったまま返ってこない
- 「上に確認する」と言って、それきりになる
- 意見は聞いてくれるが、結論は出ない
- 揉めそうな話になると、その場を収めて終わる
優しいから頼りないのではありません。決めないから頼りないのです。
そして厄介なことに、この二つは、外から見ると同じに見えます。
怒らない上司は、当たりが柔らかい。当たりが柔らかい人が、決めないでいると、「優しいだけの人」に見えます。
でも、怒らなくても決める人もいます。そこがまったく別だということが、なかなか伝わりません。
怒らないのは、優しいからではない

怒られても、内容は耳に入らない
ここが、この記事でいちばん書きたいところです。
私が怒らないのは、部下を傷つけたくないからでも、嫌われたくないからでもありません。
怒っても、伝わらないからです。
自分が怒られる側だったころの話です。
小さなことで怒られることに、違和感しかありませんでした。なぜかというと——感情のプレッシャーしか感じなくて、言われている内容自体が、まったく耳に入ってこなかったからです。
何を直せばいいのかは、頭に残りませんでした。残ったのは、「怒られた」という事実と、萎縮するその場の空気だけです。
普通に話してくれれば、理解できました。内容が正しければ、直します。そんなことで怒る必要は、どこにもなかったはずです。
だから私は、怒らないことにしました。
優しさではありません。効かないと知っているからです。
感情を律せない人が、人を律することはできない
もう一つ、若いころから思っていたことがあります。
感情を抑えられない人は、自分を律することができない人ではないか。そして——自分の感情をコントロールして律することができない人が、人を律することなんてできるだろうか。リーダーとしてふさわしいのだろうか。
厳しい見方かもしれません。でも、そう思っていました。いまは、そこまで断定的には思いません。怒ってしまう人にも、事情があります。
ただ、自分は怒らないという選択だけは、変えていません。
だから、怒らないことは、私にとって人間性を高めるための訓練でもあります。
もちろん、私にも感情は湧きます。一瞬、イラっとすることはあります。ただ、すぐに自分で気づいて、落ち着かせます。
良いも悪いも、感情は勝手に湧いてきます。それを消すことはできません。でも、湧いた感情を客観的に見ることは、できます。これも訓練です。
私は合気道を続けています。稽古で痛いほど体感するのは、力でぶつかると必ず抵抗されるということです。強く押せば押すほど、相手の力も強く返ってくる。職場でも、まったく同じことが起きています。
怒らない代わりに、決めるのを速くする

小さなことほど、その場で決める
では、怒らない上司が頼りなく見えないために、何をすればいいのか。私が強く意識していることがあります。
部下が何か言ってきたら、その場で判断する。必要ならすぐアクションを取る。
このスピードが、いちばん効きます。
大きな判断ほど、時間がかかるのは当然です。部下もそれは分かっています。問題は、小さなことです。
「これ、どうしましょう」と持ってこられたとき。その場で決められるはずの案件を、持ち帰ってしまう。それが積み重なると、「あの人に言っても何も進まない」になります。
逆に言えば——小さなことほど、その場で決めるだけで、印象は変わります。部下がよく見ているのは、判断の正しさよりも、動いてくれているかどうかです。
言ったことが、その日のうちに動く。それだけで、「この人は自分の話を受け取ってくれる」という信頼が生まれます。
怒らないことと、この速さが揃って、はじめて「優しくて頼れる」になります。どちらか一方だと、片方に寄って見えてしまいます。
自分がいないときに、止まらない形を作っておく
もう一つ、やっていることがあります。自分が出張などで、すぐに連絡が取れないことがあります。
そのときは、自分のさらに上の上司や、他の管理職に、気軽に連絡していいと伝えてあります。これは、地味ですが大きいと思っています。
「頼りない」と感じる瞬間の多くは、困ったときに誰にも聞けなかったときに起きます。
上司がいない。連絡がつかない。他の人に聞いていいのかも分からない。その空白の時間が、不信になります。
自分がいなくても、部下の仕事が止まらない形を先に作っておく。これは「自分がいなくてもいい」という話ではありません。部下を待たせないため、不安にさせないための設計です。
言わなければならないことを言う

安全とルールは、小さなことから崩れる
ここまで読んで、「結局、何も言わない人なのでは」と思われたかもしれません。そうではありません。
言わなければならないことは、はっきり言います。とくに二つです。
一つ目は、安全に関わること。ここは、迷いません。
二つ目は、ルールを守らないこと。「これくらいいいだろう」が一つ通ると、連鎖してしまいます。そして——全体の士気に関わります。組織は、小さなことから崩れます。
ただ、そのときも怒りません。怒らずに、しかしはっきり言う。ここがいちばん難しいところです。
怒れば、感情しか残らない。何も言わなければ、伝わらない。
その間に、伝え方があります。
最後に——
「優しいけど頼りない上司」を持っている方へ。
その上司は、もしかしたら怒らないと決めているのかもしれません。そして、ただ決めるのが遅いだけなのかもしれません。その二つは、まったく別のことです。
もし上司の決断が遅いことで困っているなら、部下側にもできる「伝え方」があります。
例えば、「これってどうしましょう」ではなく、「AとBなら、Aで進めていいですか」と聞くだけで、返ってくる速さは変わります。
そして、自分がそう思われているかもしれない上司の方へ。
怒らない選択は、間違っていないと思います。私は管理職になってからずっとそうしてきて、後悔したことはありません。足りないとすれば、たぶん速さのほうです。
小さなことほど、その場で決める。それだけで、優しさは頼りなさに変わりません。
怒らずに、しかしはっきり伝える。
これは性格ではなく、技術です。私はいまも稽古中です。
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怒らずに、はっきり伝える。その伝え方の技術を体系的に扱っている検定があると知って、調べてみました。


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