苦手な人を好きになる必要はない。ただ、距離を取ると自分が困る

苦手な相手と距離を取ると自分が困る

苦手な人がいる。
たぶん、どこの職場にもいます。顔を合わせるだけで、少し身体が硬くなる相手。

そういう相手には、こちらも扱いにくくなります。

説明が短くなる。目を合わせる時間が減る。
相手が何を考えているかを、想像しなくなります。
そして、それは必ず相手に伝わっています。

中村天風氏の『叡智のひびき』に、こういう一節があります。

人を憎んだり恨んだり或いは中傷したりする人は自分も又必ず他の人からそうされるという事を忘れてはならない

——中村天風『叡智のひびき』

言われてみれば、その通りです。
でも、それで憎まなくなるかというと、そうはなりません。「憎むのはよくない」と頭で分かっていても、苦手なものは苦手です。

ただ、合気道の稽古をしていて、少し違う角度からこれが見えるようになりました。
道徳の話ではなく、損得の話として。

目次

合気道の稽古は、相手が協力しないと成立しない

こちらが受けようとしないと、相手もそうなる

合気道の稽古には、技をかける側と、受ける側があります。
それを、交互にやります。

こちらが技をかける。相手が受ける。次は逆になる。
その繰り返しです。

ここで大事なのは、受ける側の態度です。受ける側が協力しないと、技はかかりません。

わざと踏ん張る。動かない。そうすれば、初心者の技なんて簡単に止められます。
でも、それをやると、稽古になりません。

そして——こちらが相手の技をちゃんと受けようとしないと、相手も同じようになります。

言葉で言われるわけではありません。でも、伝わります。
そうなってしまうと、お互い雑な稽古になります。

教えてくれなくなると、上達が止まる

協力して自分も相手も伸ばす

相手を伸ばして、自分も成長する

合気道の技は、難しいです。
自分がかけているとき、相手がどう感じているか。それが分からないと、上達しません。

そして、それは自分だけでは分かりません。受けてくれた相手が、教えてくれます。

「いま、気が合った」
「いまのは効いた」
「そこで力が入っている」

言葉で言ってくれることもあれば、身体の反応で示してくれることもあります。
その微妙なところを教えてもらえるから、深い稽古になります。

逆に言えば——教えてもらえなくなったら、そこで止まります。

相手が協力してくれなければ、初心者は技なんてかけられません。
かけられなければ、面白くありません。面白くなければ、辞めてしまいます。

合気道は共に繁栄していく武道だと思っています。
相手を伸ばさないと、自分も伸びません。

職場でも、同じことが起きる

距離は、言葉より先に伝わる

私は、部下から嫌われているとはあまり思っていません。
ただ——「この人は、少し距離をとっているな」と感じることはあります。

はっきりした言動があるわけではありません。態度に出るわけでもありません。
それでも、心が通っていないことは、なぜか伝わってきます。そこに漂う雰囲気というものは、確かにあります。

そして、たぶん逆も同じです。
こちらが距離を取れば、それも同じように伝わっています。
言葉にしていなくても、態度に出していなくても。

憎むのがよくないのは、道徳の問題だけではないと思っています。
距離を取った相手からは、何も学べなくなるからです。

そして、学べなくなって困るのは、結局は自分です。

今日の稽古

今日の稽古

苦手な人を、好きになる必要はない。それは無理な話だ。
ただ、受けるときだけは、ちゃんと受ける。その人の話を、最後まで聞く。

苦手な人を前にしたとき、こう自分に言い聞かせる。
「好きにならなくてもいい。ただ、ちゃんと相手を受けとめる」と。

今日も私は、苦手な相手の技をちゃんと受ける稽古を続ける。

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この記事を書いた人

合気道のまさ|合気道三段

人生のどん底から私を救ったのは、名著を「稽古」のように読み返す習慣と、合気道でした。

このブログでは、名著の知恵を合気道の身体感覚で読み解き、しなやかに生きる「型」をお届けします。

かつての私のようなあなたを、心から応援しています。

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