「明らかな間違いを指摘しただけなのに、血相を変えて猛反発された」
「よかれと思って正そうとしたら、相手がへそを曲げてしまった」
仕事や人間関係で、そんな経験はないでしょうか。
この摩擦を消す答えは、伝え方の工夫だけではありません。
相手の間違いを「指摘して押し返す」こと自体を、手放すことです。
なぜなら人は、どれほど正確に間違いを正されても、自尊心が傷つけば決して考えを変えないからです。
そして、ここが重要なポイントですが、相手の頑なな反発は、実はこちらの「押し返す力み」が生み出しています。
その力をふっと抜いたとき、反発は消え、争わないまま状況は静かに動き始めます。
間違いの指摘は、自尊心への「平手打ち」
世界的ロングセラー『人を動かす』の著者デール・カーネギーは、間違いを指摘するという行為の正体を、こう喝破しています。
そもそも、相手の間違いを、何のために指摘するのだ。相手の同意を得るために?とんでもない。相手は、自分の知能、判断、誇り、自尊心に平手打ちを食わされているのだ。当然、打ち返してくる。考えを変えようなどと思うわけがない。どれだけプラトンやイマヌエル・カントの論理を説いて聞かせても相手の意見は変わらない。傷つけられたのは、論理ではなく、感情だから。
(デール・カーネギー『人を動かす』より)
私たちは対立すると、「どちらの理屈が正しいか」で決着をつけようとします。
しかしカーネギーによれば、間違いの指摘とは、相手の論理への反証ではなく、自尊心への平手打ちです。
打たれた相手は当然、論理ではなく感情で打ち返してくる。
つまり論破とは、相手の考えを変える技術ではなく、反発の壁を高くするだけの行為なのです。
一教——押し返さずに、力を抜く
この「押し返してはいけない」という真理を、私は合気道の基本技「一教(いっきょう)」で、何度も身体に叩き込まれてきました。
相手が正面打ちで、まっすぐ打ち込んでくる。
それを一教の手で、ふわりと受ける。
このとき、絶対にやってはいけないのが「押し返す」ことなのです。
相手の打ってきた軌道に逆らって、力で止めよう、動かそうとした瞬間、腕を通じて強烈な反発が返ってきます。
これは、間違いを正論で指摘した時に起きることと、まったく同じです。
では、どうするか。
受けた接点は動かさない。
そのまま、肩、肘と、自分の力を順にすっと抜いていくのです。
腕の力を、ただ抜くだけ。
相手の軌道を邪魔しないように、腕の重みだけで、一気に——すとん、と落とす。
それだけで、相手は一気に崩れます。
押していないのに、です。
相手の「打ちたい気持ち」に、逆らわない
なぜ、力を抜いただけで崩れるのか。
相手の「打ちたい」という気持ちに、ただの一度も逆らっていないからです。
相手はその気持ちのまま進み、抵抗すべき接点がどこにも見つからない。
だから、何をされたのかすらわからないまま、いつのまにか崩れているのです。
日々の対話も、同じです。
相手の言い分(打ち込み)を、正面から否定して押し返せば、自尊心という腕がこわばり、全力で反発してくる。
そうではなく、まず相手の言い分を、その勢いのまま受け止める。
「なるほど、そう考えたのですね」と、軌道に逆らわない。
そして、こちらの「正してやろう」という力みを、すっと抜く。
すると不思議なことに、ぶつかる壁を失った相手は、自分から「……まあ、たしかに、こういう見方もあるか」とバランスを崩し、考えを自発的に変えていく。
自分の論理が正しいかどうかは、もう関係ありません。
争いを起こさず、相手を傷つけず、それでも結果として導く。
一教が教えてくれるのは、その静かで圧倒的な強さです。
今日の稽古
相手の間違いを見つけた時、正論で「押し返して」いないか。
相手の反発を、こちらの力みが生んでいないか。
論破したくなった時、自分にこう語りかける。
「押し返すな。力を抜け」と。
今日も私は、争わず、傷つけず、それでも導く「押し返さない」稽古を実践する。
💡 「押し返すこと」に、もう疲れてしまった方へ
間違いの指摘と論破が飛び交う職場で、気を張って打ち返し続ける毎日に、気持ちがすり減っているなら、それはあなたが弱いのではなく、力まなければ生きられない環境にいるサインかもしれません。
余計な力みを手放して自然体で働ける場所を探すために、プロの伴走者とキャリアを棚卸しするのも一つの手です。
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