「なぜ、計画通りに進まないのか」
「なぜ、あの人は思い通りに動いてくれないのか」
仕事でも人間関係でも、私たちはつい「自分の力でコントロールできるはずだ」と考えます。
そして、その通りにならない現実に苛立ち、心をすり減らす。
この苦しみの根っこにあるのは、能力不足ではありません。
「すべては自分の意志でどうにでもなる」という、錯覚です。
よく考えてみると、心臓ひとつ、私たちは自分の意志で動かすことができないのです。
自分の身体すら意のままにならないのに、仕事の成果や他人の心を意のままにできるはずがない——この当たり前に気づいたとき、肩の力みがすっと抜け、人は大きな流れと調和して生きられるようになります。
心臓は、あなたの意志で動いていない
松下幸之助氏は、著書『続・道をひらく』の中で、自分の身体について、こう深く洞察しています。
自分の身体は、自分のものであって、自分のものではない。血のめぐり、内臓の働き、どれ一つをとってみても、自分の意思によって動いているものはない。
つまり、大きな自然の恵みで生かされているいわば天からの授かりもの、天から預かっているものである。
(松下幸之助『続・道をひらく』より)
私たちは「自分の身体は自分のものだ」と信じて疑いません。
しかし、心臓の鼓動も、血のめぐりも、昨晩の食事の消化も——何ひとつ、自分で動かしてはいない。
眠っている間も、身体は勝手に働き続けてくれています。
つまり私たちは、「生きている」のではなく、「生かされている」。
それなのに、自分のちっぽけな意志で成果も他人も動かせると思い込み、動かないと言っては苛立つ。
松下氏の目には、それがどれほど傲慢なことに映ったことでしょう。
三段になっても、身体は思い通りに動かない
この「自分の身体すら、自分のものではない」という事実を、私は道場で何十年も突きつけられ続けています。
正直に言えば、十五年以上稽古を積み、三段をいただいた今でも、自分の身体は、自分の思う通りには動きません。
頭では分かっているが、身体がその通りには動かない。
力むなと自分に命じても、力んでしまう。
ところが——不思議なことがあるのです。
「気」と聞くと、怪しく感じるかもしれません。
でも、こう考えてみてください。
心臓を動かし、傷を癒し、眠る身体を守っている”意志の外の働き”があることは、誰にも否定できない事実です。
道場では、その自然の働きに波長を合わせることを「気を合わせる」、と呼んでいるに過ぎません。
意志の力(自我)のみで相手を投げようとすると、相手は崩れない。
ところが、呼吸を整え、丹田に意識を置き、相手と合わせる——自分の意志のもっと深いところにある働きに任せたとき、あれほど動かなかった相手が、すっと崩れる。
自分の意志なのに、自分のものではない。
自然から与えられた大きな働きの、一端を担っているだけ。
稽古のたびに、その真理に気づかされるのです。
最善を尽くし、あとは委ねる(自分軸を立てる)
だとすれば、日々の生き方も見えてきます。
自分の意志でコントロールできるのは、「今日の自分の最善を尽くすこと」だけです。
努力すること、備えること、誠実であること——ここまでは自分の領分であり、自分軸を真っ直ぐに立てるということです。
しかしその先の「結果」や「他人の心」は、心臓の鼓動と同じで、自分でコントロールできない部分が多いのです。
思い通りにならない現実に、意志を力ずくでぶつければ、道場で相手が反発するのと同じことが起きます。
そうではなく、自分の領分で最善を尽くしたら、あとは大きな流れに委ねる。
これは諦めではありません。
自分の領分に全力を注ぎ、領分の外を手放す——むしろ、いちばん強い生き方です。
生かされていることへの謙虚さを取り戻したとき、焦りは静まり、穏やかな強さが残ります。
今日の稽古
思い通りにならない現実に、意志を無理やりぶつけていないか。
自分は自然の恵みに「生かされている」という謙虚さを、忘れていないか。
すべてをコントロールしたくなった時、自分にこう語りかける。
「最善を尽くして、あとは委ねよ」と。
今日も私は、生かされていることに感謝し、自然の理と調和する稽古を実践する。
💡 「自分がなんとかしなければ」と、一人で抱え込んでいる方へ
コントロールを手放すことは、諦めではありません。
でも、もし今のあなたが、到底一人では背負えない業務量や責任を課され、「それでも自分がなんとかしなければ」と壊れそうになっているなら——それはあなたの領分を、とうに超えています。
自分の領分だけに健全に集中できる場所を探すために、プロの伴走者と視界を広げるのも一つの手です。
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