楽観よし悲観よし。松下幸之助と合気道に学ぶ「心がけ」の稽古

「プロジェクトが上手くいって調子に乗ったら、思わぬミスで足元をすくわれた」
「トラブルが続いて不安になり、ネガティブな思考に支配されている」

私たちは、状況の変化に一喜一憂し、心が激しく波打ってしまいます。

良いことがあれば浮かれ、悪いことがあれば落ち込む。
人としてやむを得ない姿ですが、目先の起伏にとらわれすぎると、進むべき「自分の道」すら見失ってしまいます。

私たちが状況に振り回されず、淡々と歩み続けるためには、一体どのような心の稽古が必要なのでしょうか。

今回は、松下幸之助氏が説く「楽観の中にも悲観の中にも道があるという真理」と、合気道で体感する「成否の先にある人格完成への道」についてお話しします。

目次

楽観よし悲観よし。どちらの中にも道がある

状況に一喜一憂しない心のあり方について、松下幸之助氏は著書『続・道をひらく』の中でこう語っています。

悲観楽観が心に波打つのは、人としてやむを得ぬ姿。しかしお互いその刻々の思いにいささかとらわれすぎはしないか。 楽観よし悲観よし。悲観の中にも道があり、楽観の中にも道がある。
(松下幸之助『続・道をひらく』より)

順風満帆な「楽観」の時だけが正解で、逆風の「悲観」の時は間違い、なのではありません。
松下氏は、そのどちらの状況にも、歩むべき道があると説きます。

上手くいっている時は、調子に乗らず、謙虚に足元を固める道がある。
上手くいかない時は、焦らず、原因を見つめ直して実力を蓄える道がある。

刻々と変わる状況に心を奪われ、一喜一憂するのをやめる。
楽観も悲観もすべて受け入れ、「どちらの状況でもやるべきことがある」と腹をくくった時、心に一本の太い軸が通るのです。

上手くいっても、いかなくても、どちらも糧になる

この「状況に振り回されず、ただ道を進む」感覚を、私は合気道の稽古で繰り返し学んでいます。

稽古では、技が綺麗に決まって相手を鮮やかに捌ける時もあれば、相手の力みに反発してしまい、どうしても決められない時もあります。未熟な頃は、ここで一喜一憂の落とし穴にはまりやすい。
上手くいけば自分の実力だと自惚れ、失敗すれば「相手の攻撃の仕方が悪い」と不満を抱く。

しかし、合気道の本質は、目先の成否を競うことではありません。

上手くいった時は、傲慢さを戒めて相手に感謝し、さらに謙虚に理合いを深める。
上手くできなかった時は、それが今の実力だと素直に受け入れ、「次どうすればよいか」と地道に稽古に励む。

稽古で上手くできようができまいが、どちらの瞬間も「自分を磨くための出来事」にすぎません。

技ができたという「楽観」にも、できなかったという「悲観」にも、それぞれに学ぶことがある。
合気道の稽古は、技の成否を超えて「自らの人格を完成させていく道」でもあるのです。

同じ現実を、成長の糧とするか、不満の種にするか

ビジネスでも同じです。

優秀そうに振る舞っている人ほど、目先の数字に心が引きずられやすい。
上手くいけば傲慢になり、トラブルが起きれば不安で保身に走る。

本当に強い人は、楽観でも悲観でも、態度が変わりません。

悲観の中に次へのブレイクスルーのヒントがあると知っているだけでなく、上手くいっている「楽観」の時ほど、自惚れという最大の罠が潜んでいることを警戒しているのです。

同じ一つの出来事を、成長の糧にするか、不満の種にするか。
それを分けるのは、状況そのものではなく、自分の受け止め方一つです。

今日の稽古

目先の成功に浮かれ、次のプロジェクトも楽勝だと楽観的になっていないか。
思い通りにいかない現実に、悲観的になっていないか。

状況の変化に心が疲れそうな時、自分にこう語りかける。
「楽観よし、悲観よし。どちらでも自分を磨いていく」と。

今日も私は、どんな現実からも学びを深め、人格を磨く「心がけ」の稽古を実践する。

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この記事を書いた人

合気道のまさ|合気道三段

人生のどん底から私を救ったのは、名著を「稽古」のように読み返す習慣と、合気道でした。

このブログでは、名著の知恵を合気道の身体感覚で読み解き、しなやかに生きる「型」をお届けします。

かつての私のようなあなたを、心から応援しています。

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