道場で、相手に手首をがっちりと掴まれる。
必死に動かそうと力めば力むほど、腕は重くなっていく——。
これとまったく同じことが、日々の仕事でも起きています。
「あの失敗が頭から離れず、前に進めない」
「この問題さえ解決すればと思うのに、どうにも動かない」
一つの障害に心が囚われ、身動きが取れなくなる。
この行き詰まりを打破するには、いったん問題をどうにかしようとするのをやめることです。
すなわち、執着を手放すこと。
なぜなら、動かないものを無理に動かそうとするほど、心も身体もその一点に居着き、本来持っている全体の自由を失ってしまうからです。
「動かない一点」から意識を外し、動ける場所に目を向けたとき、人は驚くほど自由になり、固まっていた状況は静かに動き始めます。
剣客は、刃に心を奪われない
あの大谷翔平選手の愛読書としても知られる、中村天風氏の著書『運命を拓く』では、心に執着を残さないことを、剣客の立ち合いに例えてこう説いています。
どんな場合があっても、心がいつまでも長く引っかかっているのを執着という。腕の秀でている剣客が、相手の斬り込んでくる大刀を、大刀風三寸、すっとかわしていくがごとく、心を汚さないようにするのだ。
(中村天風『運命を拓く』より)
斬り込んでくる刃を、わずか三寸、すっとかわす。
優れた剣客は、刃と正面からぶつからず、そして——ここが肝心ですが——かわした後、その刃のことをもう考えていません。
私たちは失敗をすると、その一点に心が釘付けになります。
そして、過ぎた過去を何度も反芻し、動かない問題で頭をいっぱいにして昼も夜も自らを苦しめている。
それは、とうに通り過ぎたはずの刃を、自ら握りしめているのと同じことなのです。
持たれたところは、放っておく
この教えを、私は合気道の道場ではっきりとした身体感覚として体得しています。
相手に手首や腕をがっちり持たれたとき、私たちは無意識に、その「持たれた一点」を振り解こう、動かそうと力んでしまいます。
しかし、持たれた部分に意識が執着し、そこで相手とぶつかるほど、相手の反発が強くなり、余計にどうにもならなくなる。
では、どうするか。
持たれたところは、放っておくのです。
どうにも動かないのなら、そのままにしておく。
執着せず、気にしない。
よく考えれば、持たれているのはその一点だけであり、それ以外の自分の身体は、完全に自由なのです。
だから持たれた箇所はそのままにして、ただ「自分」が動いていく。
その瞬間、ハッと気づきます。
相手に縛られていたのではない。
自分が、その「持たれた一点」に心を縛り付け、自ら苦しんでいただけなのだと。
世界は、「動くところ」に動く
自分の中心——軸をしっかり保ったまま動くと、相手の崩れる方向を感じることができる。
まるで最初から、「動くところに動くようになっている」かのように導くことができる。
あれほど重かった腕がふっと楽に上がり、相手は重心を失って崩れ始めます。
持たれた一点で争うのをやめたとき、結果として、相手を崩すことができるのです。
仕事の壁も、人間関係の悩みも、同じ構造です。
解決できない一つの問題に執着し、そこで力み合うから、すべてが停滞する。
動かない問題は一旦そのままにして、いま自由に動けるところ——できる仕事、会える人、学べること——に集中する。
己の軸さえブレなければ、状況は必ずどこからか崩れ始めます。
一つに執しない。
動かない一点で苦しみ続けるより、動く九割を生きることです。
今日の稽古
一つの問題や失敗に、心が居着いていないか。
動かない部分を、無理にこじ開けようと力んでいないか。
過去を引きずり苦しみそうな時、自分にこう語りかける。
「動けるところを、動かそう」と。
今日も私は、自分の軸を保ったまま執着を手放す稽古を実践する。
💡 「動かない一点」を、何年も見つめ続けている方へ
今の環境への不満、過去のキャリアの失敗——その一点に執着するあまり、自分がまだ自由に動けるという事実そのものが、見えなくなっていませんか。
「自分の軸」を見失いそうなら、一度立ち止まり、プロの伴走者と視界を広げるのも一つの手です。
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■ この記事を書くにあたって読み返した本
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