注意されると怒る部下には、個人あてに注意しない。合気道に学ぶ「ぶつからない」伝え方

一人に向けず、全体に向けて話す場面

注意したら、不機嫌になった。

言い方には気をつけたつもりでした。
内容も、間違っていないはずです。

それでも——キーボードを叩く音が、少しだけ大きくなる。

こういうことが続くと、だんだん言えなくなります。
腫れ物に触るようになり、問題は放置され、結局仕事全体へと影響が広がる。

長いあいだ、私は「言い方の問題だ」と思っていました。
もっと柔らかく、もっと丁寧に言うべきかと。

違いました。
変えるべきは、注意の言い方ではありません。

向ける先です。

なぜなら——個人に向けた瞬間、指摘は「内容」ではなく「自分への評価」として届くからです。

そうなると、正しいかどうかは関係なくなります。
むしろ正論であるほど、反発は強くなる。

合気道でも同じです。
相手の力に真正面から当たれば、必ずぶつかります。

角度を変えれば、同じ力が、ぶつからずに通り過ぎる。

だから私は、一人に向かって注意しません。

今日は、その具体的なやり方と、こちらが怒らずにいるための訓練について書きます。
読み終えるころには、明日あの人に、怒らせずに伝える方法が一つ手に入っているはずです。

目次

なぜ、注意すると怒るのか

不機嫌でイライラする部下

内容ではなく、自尊心への攻撃として届いているから

指摘の中身は、たぶん正しいはずです。
そして本人も、頭では分かっています。

言葉では「その通りです」と認めることさえある。
それなのに、態度が固くなる。

理由は、たぶんこれです。

人は、自尊心を傷つけられると、無意識に怒りを感じます。

厄介なのは、無意識だというところです。
本人も、自分が何に反応したのか分かっていない。

だから聞いても答えられないし、「怒っている?」と聞けば「そんなことはない」と返ってきます。

理屈で説得できません。
正しさをぶつけるほど自尊心が削られて、余計に態度が固くなっていきます。

このとき、相手の判断の軸は「この指摘は必要かどうか」ではなく、「自分がどう扱われたか」に移っています。

別の物差しで測られている。
内容をどれだけ磨いても、相手に届かないはずです。

正面から向かうと、必ずぶつかる

向きを変える

合気道でも、相手の力に真正面から当たれば、技はかからないから

相手が押してくる。
そこに正面から押し返す。

動きません。

ただの力比べになって、強いほうが勝ちます。
それは技ではありません。

だから、入り身をする。
転換する。

角度を変えます。

不思議なもので、角度が変わると、さっきまでびくともしなかった相手が動きます。
力の量は変えていません。
向きだけ変えたのです。

そして、どの角度ならぶつからずに動くのかは、頭だけではわかりません。
わからないときは、ぶつかりながら、力がぶつからない方向を探すしかない。

これを15年、毎週やっています。

だから私は、個人あてに注意しない

全体に周知している

全体への周知にすれば、誰も「自分が攻撃された」と受け取らないから

一人を呼び出して指摘する、ということを私はしません。
全員に向けた「周知」の形にします。

理由は2つあります。

一つは、予防です。

同じことをする可能性のある人が、他にもいます。
全体に伝えれば、まとめて減らせます。

もう一つが本題です。
本人が「個人攻撃された」と受け取らない。

本人は、ちゃんと自分のこととして受け取ります。
心当たりがあれば、必ず分かる。

でも、防御しなくて済みます。

名指しされていないから、自尊心を守る必要がない。
守る必要がないから、内容のほうが入るのです。

「全体に言う」を、個人攻撃にしないための5つ

全体に周知する

特定できる情報を、一つずつ消していくこと

ここが肝心です。

全体に言えばいいというものではありません。
やり方を間違えると、名指しより残酷になります。

私が言うのは、朝礼です。

  1. 定例の場で言う
    臨時に人を集めると、それだけで「何かあったな」と全員が身構えます。空気が張ったところに注意を流せば、名指ししていなくても、犯人探しが始まります。
    朝礼のような、毎日ある場なら、日常の一部として流れていきます。場を選ぶことが、最初の角度調整です。
  2. すぐには言わない
    何かが起きた直後に流すと、全員が「あの件だ」と分かります。名指しと同じです。
    定例の場は毎日あるので、焦る必要がありません。一日置いても、二日置いても、言う場所は必ずあります。
  3. 固有名詞と日付を消す
    「先週の◯◯の件で」と言った瞬間、犯人が確定します。具体的すぎる情報は、全部落とします。
  4. 「起きたこと」ではなく「起こりうること」として話す
    過去形で話すと、聞いた側は犯人を探します。未来形にすれば、予防の話になります。
  5. 主語を「私たち」にする
    「みんな気をつけて」ではなく、「私たちで気をつけたい」。
    自分を含めるだけで、上からの通達が、チームの申し合わせに変わります。

この5つで、角度が変わります。

「全体に言うのは、逃げではないか」

個別にケアしている男性

全体で終わらせず、そのあと個別にケアするから

もっともな批判だと思います。

全体への周知だけでは、届かない人がいます。
「自分のことだ」と思わない人もいる。
それは事実です。

だから、二段構えにしています。

  • 第一段階:全体への周知
    ここで方向を示します。軸を立てる、と言ってもいい。誰も傷つけずに、やるべきことをはっきりさせる。
  • 第二段階:個別のケア
    全体に話したあと、ぶつかりを感じる相手が出てきたら、その人に合わせたケアをする。

そのとき、私は指示の話をしません。

気持ちの整理ができないと動けない人がいます。
内容はもう理解している。

詰まっているのは、そこではない。
だから、相手の整理のほうを手伝います。

合気道と同じです。
軸があって、初めて相手と合わせられる。

順番を逆にしてはいけません。
個別から入ると、それはただの個人攻撃になります。

そして、こちらが怒らないこと

怒る

怒りの仕組みを知っていれば、怒らずにいられるから

私は、どんなときも怒りません。
自分の最大の特徴だと思っています。

そして——これは訓練で身につきました。
生まれつきではありません。

昔から、人間性を高めることに強い興味がありました。
偉人の本、古典、ビジネス書。

かなりの数を読み漁ってきました。
いまは同じ本を繰り返し読むことのほうが多いです。

呼吸もあります。
考え方もあります。

でも、いちばん効いたのは、仕組みを知ったことでした。

人は、自尊心を傷つけられると、無意識に怒る。

これを知っていると、カッとした瞬間に気づけます。

「いま、自分は自尊心を突かれたな」と。
気づいた時点で、怒りは半分になります。
名前がついたものは、そこで止まる。

もう一つ大事なのが、自分のコンプレックスを知っておくことです。
どこを突かれると痛いのか。
あらかじめ分かっていれば、不意打ちを食らいません。

そして、自分が偉いわけではない、と思っていること
相手が何を言っても、その理由や背景に思いを致すようにしています。

それでも、まともに攻撃されることはあります。

そのときは——合気道と同じです。
いなします。

まともに受けてダメージを負う必要はありません。
かわせばいい。

伝えるときは、正面から向けない。
受けるときは、まともに受けない。

結局、同じことをしているだけです。

今日の稽古

今日のポイント

今日、誰かに言いたいことがあっても、すぐには動かない。
個人に向けて正面衝突するのではなく、全体へ流す角度がないかを探る。

そして、相手の態度にカッとしそうになったら、「いま、自尊心を突かれたな」と名前をつけて、いなす。

今日も私は、正面からぶつからずに言葉を届ける稽古を実践する。

💬 「全体の言い方は分かった。でも、個別のケアが難しい」という方へ

全体への周知は、今日からできます。難しいのは、そのあとです。

相手によって、何が痛いのかが違う。何を言えば動くのかも違う。私はそれを、15年の稽古と同じで、ぶつかりながら覚えました。正直、時間がかかりました。

もし先に「人によって判断の軸が違う」ことを知っていれば、探す範囲は狭くなります。

型を知っていることと、身体でできることは別です。それでも、型があるほうが早い。

▶︎伝え方が下手・難しいと悩む人へ。伝え方コミュニケーション検定の口コミ・評判を本音で検証

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この記事を書いた人

合気道のまさ|合気道三段

人生のどん底から私を救ったのは、名著を「稽古」のように読み返す習慣と、合気道でした。

このブログでは、名著の知恵を合気道の身体感覚で読み解き、しなやかに生きる「型」をお届けします。

かつての私のようなあなたを、心から応援しています。

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