「なぜ報告してこないんだ」
管理職なら、一度は思ったことがあるはずです。
聞けば答える。でも、聞くまで言ってこない。
トラブルが大きくなって、初めて上がってくる。
検索すると、部下の心理を分析した記事がたくさん出てきます。
怒られるのが怖い。必要性を感じていない。忙しい。
どれもあると思います。
ただ、私が現場で見てきたのは、もう少し手前のことでした。その部下は、サボっていたのでも、隠していたのでもありません。
「これは報告することなのか」が、そもそも分かっていなかった。報告すべきかどうかを、判断できていなかったのです。
そして——その基準を渡していなかったのは、私のほうでした。
報告しないのは、報告したくないからではない

報告すべきかどうかが、判断できていない
「報連相をしろ」と言われて育った人ほど、見落とすことがあります。報告するかどうかを決めるには、判断が要るということです。
- これは、上に上げるべきことなのか
- それとも、自分で処理していいことなのか
- いま言うべきか、終わってからでいいのか
この判断は、経験がないとできません。
そして厄介なのは、判断できない人ほど黙るということです。
「報告するほどのことではないかもしれない」と思えば、言いません。言って「そんなことでいちいち来るな」と思われるのが怖い。逆に、判断できる人は、迷わず持ってきます。
つまり、報告の量は、やる気ではなく判断力に比例します。
基準を渡していないのは、上司のほうだった

「報告しろ」は、判断を部下に丸投げしている
ここが、私の反省です。「報告しろ」という指示は、実は何も指示していません。
何を、いつ、どの粒度で報告するのか。そこが決まっていないまま「報告しろ」と言えば、判断は全部、部下に投げられます。そして判断できない人は、黙ってしまいます。
黙った結果、「あいつは報告しない」と評価される。
これは、けっこう理不尽な構造だと思います。
基準を渡していないのは上司なのに、判断を誤った責任は部下が負う形になっている。私は、それに気づくまでに時間がかかりました。
だから、報告そのものを指示する

「ここまでやったら教えて」と、区切りを先に渡す
やり方は単純です。仕事を渡すときに、報告のタイミングも一緒に渡します。
「ここまでできたら、教えて」
これだけです。
部下に判断させません。「報告すべきかどうか」を考えなくていい状態にします。区切りが決まっていれば、迷いません。そこまで来たら言う。それだけです。
そして、これを何回か繰り返すうちに、変わってきます。
「ああ、こういうところで報告するのか」——基準が、少しずつ体に入ってきます。
説明して頭で分かるものではありません。何度か経験して、初めて身についていきます。
細かすぎる報告が来ても、絶対に否定しない

任せる範囲を広げていく
区切りを渡すと、報告してくるようになります。そして、最初はたいてい細かすぎます。
「こんなことまで報告してくるのか」と思うことまで、上がってきます。
でも、ここで部下の行動を否定したら、全部が終わります。
「そこまでの報告は要らないよ」と突き返してしまうと、その部下は「どこまでがいいのか」と混乱します。そして、また黙ります。せっかく渡した基準が、リセットされます。
だから、すべての報告に感謝を伝えます。細かくても、いま要らない内容でも、「言ってくれてありがとう」を先に返します。
報告することは良いことだ——まず、そう思ってもらうことが先です。粒度の調整は、あとからいくらでもできます。
そして、報告が安定してきたところから、任せる範囲を広げます。
「ここからは、報告なしで進めていい」と、少しずつ区切りを広げていく。
報告が要らなくなった範囲が、そのまま、その人に任せられる裁量になっていきます。
最後に——
報告してこない部下は、報告する気がないわけではありません。報告すべきかどうかを、判断できていないだけです。そして、その基準を渡すのは、上司の仕事です。
「なぜ報告しないんだ」と思ったとき、渡していなかったのは自分かもしれないと、一度考えてみる。
基準を渡し、否定せずに受け止め、少しずつ体に入れていく。そうやって、時間をかけるものだと思っています。
■ あわせて読みたい
怒らずに、はっきり伝える。その技術を体系的に扱っている検定があると知って、調べてみました。


コメント