仕事は、できるようになった。経験も積んだ。それなのに、部下が本音を言ってこない。自分が話し始めると、会議が静かになる。自分では、強く言っているつもりはなくても。
そのままにしておくと、仕事の腕は上がっていっても、なぜだか周りとの距離は開いていきます。
稲盛和夫氏は『京セラフィロソフィ』で、一芸に秀でるとは、ただ技術がうまくなることではなく、自らの人間性をすばらしいものにつくり上げることに通じる、と言います。
究めるとは、腕を上げることと、人間を磨くことを、同時にやることです。腕が上がったときほど、その力を人を負かすために使わない。それができる人に、人はついてきます。
合気道を15年以上続け、職場では怒らないと決めてきた私の経験から書きます。
稲盛和夫「自らの人間性をもすばらしいものにつくり上げる」

「一芸に秀でる」という言葉があります。「大工の仕事を究める」ということは、ただ単純に鉋(かんな)をかけてすばらしい建物を造れるようになるということではなく、自らの人間性をもすばらしいものにつくり上げることに通じるのです。つまり、一芸に秀でた人、物事の本質を究めた人は、万般あらゆるものに通じるようになる、そう私は感じたわけです。
(稲盛和夫『京セラフィロソフィ』より)
鉋をうまくかけられることと、人としてできていることは、別のものです。
仕事でも、腕が上がるほど、人間性を問われるようになります。
技が上手くなると、試したくなる
合気道を究めるとは、技が上手にできることではありません。
人間性が高まっていることが大切です。
相手を取り押さえるのが上手いだけなら、それを実戦で試したくなって、むやみに人を傷つけることもあるかもしれません。自分の強さを見せたいという衝動にかられることもあるでしょう。
武道の道は、強くなればなるほど、戦いから遠ざかっていきます。
戦わないで済むようになる。
角がとれて、人と争いにならない。そういう状況すら、つくっていけるようになる。
技と一緒に、そういう人間性を持たなければならないのです。
仕事の腕が上がるほど、感情で押せるようになる

仕事も同じです。経験を積み、立場が上がると、感情で押し切れる場面が増えます。部下は、上司に言い返しにくいからです。
押される側にいたとき、私が感じたのは感情のプレッシャーだけでした。小さいことで怒られても、言われていること自体が、耳に入らなかった。普通に話してくれれば、理解して直せることでした。
だから私は、職場で怒らないと決めました。
人間性を高めるために。
自分の感情をコントロールして律することができない人が、人を律することはできない。
そう思っていたからです。
もちろん、私にも感情は湧きます。それでも、相手が何を言っても、その理由や背景に思いいたるようにしています。最終的に攻撃されたときは、合気道のようにいなします。まともに受けずに、かわす。
強く言いたくなったら、言う前に、相手がそう言う理由を一つ考えてみる。
それだけで、口から出る言葉は少し変わります。
道場で身につけてきた「争わない」は、職場でもそのまま使えます。
稲盛和夫氏の言う「万般あらゆるものに通じる」とは、こういうことだと受け取っています。
今日の稽古

腕が上がったと感じたとき、こう自分に問いかける。
「強さを、争わないことに使えるか」と。
今日も私は、技と人間性を一緒に磨く稽古を続ける。
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