「どうやっても事態が好転しない」
「相手が頑として動かず、完全に行き詰まった」
仕事でも人間関係でも、目の前の壁がまるで巨大な「山」のようにそびえ立ち、一歩も進めなくなるような感覚に陥ることがあります。
無理に押し通そうとすればするほど、自分が疲れ果て、周囲からの反発も強くなって、次第に自分自身が追い込まれていく……。
そんな時、私たちは知らず知らずのうちに、「動かない山」を必死に動かそうとする無謀な戦いに挑んでしまっているのかもしれません。
山はそのままに、自分を動かす
松下幸之助氏は、進退窮まったときの心の持ちようについて、著書『道をひらく』の中でこのように語っています。
時と場合に応じて、自在に道を変えればよいのである。一つの道に執すればムリが出る。ムリを通しようとするとゆきづまる。動かない山を動かそうとするからである。そんなときは、山はそのままに身軽に自分の身体を動かせば、またそこに新しい道がひらけてくる。
(松下幸之助『道をひらく』より)
「こうあるべきだ」「こうでなければならない」という一つのやり方に執着するからこそ、そこに無理が生じ、ゆきづまってしまう。
変えられない状況や、動かない他人という「山」を力で動かそうとするのではなく、自分自身の立ち位置や見方を身軽に変えてみる。そうすれば、閉ざされていたはずの場所に、新しい道が自然とひらけてくるのだと松下氏は説きます。
接点への執着を捨て、丹田でつながる
この「山を動かさず、自分を動かす」という身軽な転換の本質は、合気道の稽古の中で何度も体感します。
稽古の中で、組んだ相手がびくともせず、山のように重たく感じられる瞬間があります。
そんな時、私たちはつい、相手と触れ合っている手首などの「接点」をどうにかして力で動かそうと必死になってしまいがちです。
しかし、こちらが接点を意識して力めば力むほど、その意図は相手の身体に一瞬で伝わり、相手の反発の力をさらに強めてしまいます。
完全にぶつかり合い、膠着状態に陥るのです。
ここで、心の「見方」を転換します。
動かない接点への執着を、完全に手放すのです。
手首を動かそうとするのをやめ、相手の丹田(重心)と自分の丹田が、目に見えない一本の線でつながっている感覚を意識します。
そして、自分の丹田と接点との絶妙な距離は保ったまま、股関節を柔らかく使い、腰で斬るようにして自分の身体を動かします。
すると、あれほど頑固に動かなかった相手が、こちらの動きに導かれて崩れていくのです。
「接点」という部分へのこだわりを捨て、自分を動かしたとき、はじめて「全体」が心地よく動き出します。
「こだわり」を捨てた瞬間に、世界が回り出す
人生やビジネスにおける行き詰まりも、これと全く同じではないでしょうか。
私たちはトラブルに直面したとき、目先の「接点」である表面的なトラブルや、相手の理不尽な言動ばかりに固執し、そこを力ずくで変えよう、論破しようと躍起になってしまいます。
本当に大切なのは、変えられない部分への執着を捨て、自分自身の「丹田」、つまり物事の本質的な目的や、自分のブレない軸に意識を戻すことです。
「どうしても思い通りに動かない」と感じたら、一旦そのこだわりを脇に置いて、身軽に自分の見方やアプローチを変えてみる。
自分がしなやかに柔軟になれば、周囲という「動かない山」も、驚くほど自然に動き始めます。
今日の稽古
仕事や人間関係で行き詰まりや閉塞感を感じていないか。
変えられない相手や状況を、力ずくでコントロールしようとしていないか。
思い通りにいかない現実に心が囚われそうになった時、自分にこう語りかける。
「動かない山を動かそうとしていないか。ひょいっと立ち位置を変えてみよう」と。
部分への執着を手放し、自らを動かすことで調和を生み出す。
今日も私は、こだわりを捨てて身軽に新しい道をひらく、心の転換の稽古を実践する。
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