仕事や日常の中で、私たちはつい「自分が勝つこと」や「自分の利益」ばかりを優先してしまいがちです。
競争社会を生き抜くためには、時に相手を出し抜くことも必要だと思い込んでいないでしょうか。
しかし、自分一人だけが勝ち残り、周囲が倒れていくようなやり方は、決して長くは続きません。
自分も生き、相手も生かす「利他」の心
稲盛和夫氏は、著書『京セラフィロソフィ』の中で、人間が本来持つべき「利他」の精神についてこう述べています。
誰もが皆この現世に生まれ出てきて、一回しかない貴重な人生を必死で生きています。だからこそ、この世では森羅万象あらゆるものが共生し、共存していかなければなりません。自分も生き、相手も生かす。つまり、地球にある生きとし生けるもの、すべてのものが一緒に生きていけるようにすること、それが利他なのです。
(稲盛和夫『京セラフィロソフィ』より)
自分だけが生き残るのではなく、相手も生かす。
すべてのものが一緒に生きていけるようにすること。
自己犠牲ではなく、「自他の共存共栄」こそが本当の意味での利他であると稲盛氏は説きます。
相手が安全に「受け身」を取れるように導く
この「自分も生き、相手も生かす」という利他の精神は、合気道の稽古の根底に流れています。
合気道の技は、本来非常に危険なものが多いのです。
たとえば「四方投げ」という技で相手を投げる時、ただ力任せに投げ飛ばすだけでは、相手は一歩間違えば腕が折れたり、肘のスジを痛めたりしてしまいます。
だからこそ、投げる側は「相手が安全に受け身を取れるように」相手の肩・肘・手首の角度が開きすぎないようにしなければなりません。
相手に怪我をさせて稽古不能に陥らせてしまえば、相手が痛い思いをするだけでなく、自分自身も稽古相手がいなくなり、成長の機会を失ってしまいます。
相手への深い思いやりがあるからこそ、お互いが安全に、共に発展し、人格を高め合う稽古をすることができるのです。
初心者を潰さないための「見えない配慮」
特に初心者の相手と稽古をする時には、この思いやりがより一層必要とされます。
初心者が最初に怖いと感じるのは「前回り受け身」の時です。
前に出した腕を軸にして床を支えながら回ろうとする瞬間に、その腕をガッチリと押さえ込まれてしまうと、支えとなる軸がなくなり、高度な「飛び受け身」を強いられることになります。
初心者がいきなりそれをやれば、まず受け身が取れずに怪我をする可能性があります。
だからこそ、最初は腕を掴んでいたとしても、相手が受け身を取る段階に入ったら「スッと手を離してあげる」という配慮をします。
基本通りの安全な受け身が取れるように、あえて隙を作ってあげるのです。
その思いやりがあるからこそ、相手は恐怖心を持たずに怪我なく稽古を続けられ、やがて立派な武道家へと育っていくのです。
今日の稽古
自分の成果ばかりを追い求め、相手を潰すような立ち回りをしていないか。
自分も生き、相手も生かす。それが結果として、お互いの発展に繋がっていく。
独りよがりになりそうな時、自分にこう語りかける。
「相手が受け身を取れるよう、思いやりで導こう」と。
勝敗や優劣ではなく、共に人格を高め合うために。
今日も私は、相手を生かす「利他」の心を忘れない稽古を実践する。
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