私たちは普段、目に見えるものばかりを信じて生きています。
物理的な力、数値化された結果、そして自分のこの「肉体」。
しかし、本当に私たちを生かし、物事を動かしている根本的な力は、目に見える部分にあるのでしょうか。
肉体ではなく「気」が人を動かす
中村天風氏は、著書『運命を拓く』の中で、生命の根本的な力である「気」について、非常に分かりやすい比喩を用いてこう説いています。
そもそも生きているという不思議な命の力は、肉体にあるのではなく、霊魂という気の中に霊妙な働きを行なう力があり、それはあたかも回っている扇風機にそれを回す力があるのではなく、電気がこれを回しているのと同様である。この例でも人間の命の力を正しく理解できるはずだが、人間だけは、肉体それ自身に活きる力があるように思うところに大変な間違いがある。
(中村天風『運命を拓く』より)
扇風機の羽根そのものに回転する力があるわけではありません。
目に見えない「電気」が通っているからこそ、羽根は回ります。
人間も全く同じです。
肉体そのものに力があるのではなく、目に見えない「気」というエネルギーが満ちているからこそ、私たちは生きる力を発揮することができるのです。
表面的な力では、相手は崩れない
この「肉体(表面的な力)ではなく、気(見えない力)が本質である」という真理は、合気道の稽古において、確かな身体感覚として味わうことができます。
合気道で相手と稽古をしている時、はたから見れば、相手の身体に対して物理的な技をかけているように見えます。
しかし実際は違います。
相手と「気」を合わせ、丹田を合わせる。
そうすることで、相手との繋がりを感じることができるのです。
例えば「片手取り」で腕を掴まれた時、単に相手の手を引っ張っただけでは、相手の体勢は崩れません。
それどころか、反発を生み、引っ張り返されてしまいます。
しかし、相手と気を合わせ、そこからスッと力を抜くと、相手はこちらの腕の重みだけで、簡単に崩すことができます。
宇宙に充満する「気」を体感する
気という目に見えない力を口にすると、現代では「スピリチュアルだ」「怪しい」と敬遠されがちです。
気の使い方など、普通に生きていれば学ぶ機会すらありません。
しかし、それは確かに存在します。
合気道の稽古を通じて気を鍛錬し、自在に操れるようになり、実際の技に反映できた時、私たちはその存在をハッキリと感じ取ることができます。
逆に言えば、この宇宙には「気」が充満しており、その根本のエネルギーから宇宙のすべてが創られているとも言えます。
合気道の稽古は、まさにその大宇宙の法則の一端を、身体を通じて学んでいることに他ならないのです。
今日の稽古
目に見える結果や、物理的な力だけで物事を判断していないか。
表面的な力で相手を強引に動かそうとすれば、必ず反発を生む。
行き詰まりを感じた時、自分にこう語りかける。
「気をしっかりと出していこう」と。
目に見えないエネルギーを信じ、それを味方につける。
今日も私は、大いなる宇宙の気と調和する稽古を実践する。
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