「相手をどう動かすか」に疲れてしまったあなたへ
仕事でもプライベートでも、気づけば「どうすれば相手を思い通りに動かせるか」「自分の正しさをどう認めさせるか」という戦いの土俵に上がってしまうことはありませんか?
相手を無理にコントロールしようとすれば、相手も必ず抵抗します。
その力と力のぶつかり合いは、お互いのエネルギーを激しく削り、心を疲弊させるだけです。
今日は、そんな「消耗する関係」から降りて、お互いが高め合える「生かし合い」の知恵についてお話しします。
自己を捨てることで、双方が生きる
経営の神様、松下幸之助氏は、繁栄と幸福の根源にある「生かし合い」についてこう述べています。
自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる。これはいわば双方の生かし合いではなかろうか。そこから繁栄が生まれ、ゆたかな平和と幸福が生まれてくる。
(松下幸之助『道をひらく』より)
まず、自分のエゴや「勝ちたい」「動かしたい」という執着を捨てて、相手を生かす。
これは決して自分を押し殺すという意味ではありません。
相手が本来の力を発揮できる状態を作ることで、結果として自分もその豊かな循環の中に生かされていく。
松下氏はこの「双方が生きる」という生命の理法を説いているのです。
相手がいなければ、稽古すらできない
合気道の稽古において、この「生かし合い」の精神は絶対的な大前提となります。
合気道には試合がなく、技をかける「取り」と、技を受ける「受け」が相互に役割を交代しながら稽古を進めます。
つまり、相手がいなければ、私たちは自分の技を磨くことすらできないのです。
相手を力づくでねじ伏せようとすれば、相手は本能的に反発し、怪我や対立を生みます。
しかし、自己(力みや我)を捨て、相手の攻撃のエネルギーに柔らかく同調し、その力を「生かし」ながら導くことで、初めて美しい技が生まれます。
受けもまた、取りが技を学びやすいように、真摯に気を出して打ち込みます。
相手が生きれば、自分も生きる。
奪い合うのではなく「生かし合うこと」で、一人では決して到達できない深い理合いを理解し、ともに高め合うことができるのです。
「奪い合い」から「生かし合い」へ
現代社会は、どうしても「奪い合い」や「他者との比較」に意識が向きがちです。
しかし、合気道の道場と同じように、私たちの人生も自分一人で完結しているわけではありません。
周囲にいる人々を「倒すべき敵」や「利用する対象」ではなく、自分の人生を深めてくれる「大切な稽古相手」だと捉え直してみる。
「どうすればこの人を打ち負かせるか」ではなく、「どうすればこの人を生かせるか」と問いを持った瞬間、あなたの周囲に流れる空気は劇的に変わり始めます。
争いの土俵から降りたその場所にこそ、松下氏の言う「ゆたかな平和と幸福」が芽吹くのです。
今日の稽古
人と接する時、「どうすれば相手を思い通りに動かせるか」という我をいったん捨てる。
目の前の人は、自分の人生を深めてくれる大切な「稽古相手」である。
「どうすればこの人が一番輝くか、生かされるか」を考えてみる。
自己を捨てるその小さな勇気が、巡り巡ってあなた自身を最も輝かせる道となる。
今日も私は、奪い合いの土俵から降りて、自他をともに生かす稽古を実践する。
■ こちらの記事もあわせて読まれています
- 自分も生き、相手も生かす。稲盛和夫と合気道に学ぶ「利他」の稽古
- なぜ強引な人は孤立するのか。松下幸之助と合気道に学ぶ「美しい勝ち方」の本質
- 何のために働くのか。中村天風と合気道に学ぶ、宇宙と調和する「和の精神」
■ この記事を書くにあたって読み返した本
|
価格:1210円 |


コメント