「今から新しいことを始めても、どうせ遅い」
「最近は体力も記憶力も落ちて、全盛期は過ぎてしまった」
年齢を重ねるごとに、私たちはつい「もう若くないから」という言葉を口実にして、自分の可能性に自ら蓋をしてしまいがちです。
現状維持ができれば御の字だと、挑戦を避けるようになります。
しかし、私たちが「自分はもう十分だ、ここまでだ」と思ったその瞬間、私たちの生命は本当に活力を失い、萎縮し始めてしまうのです。
自己向上こそが、生命の本来の姿
中村天風氏は、著書『運命を拓く』の中で、年齢に関わらず自己向上を続けることの重要性について、次のように力強く述べています。
いくつになっても、いかなる場合も、自己向上を怠らないようにすること、これが自分の生命の本来の理想的な活き方なのだ。
そういう気持ちを持っていると、いつまで年老いても、極めて壮健で元気よく、人並み以上の若さと溌溂さに満たされ、その生命というものは、活躍してくれるのである。
そしてまた、そうした活き方をする人の言葉や行ないというものは、何も自分で意識的にしなくても、期せずして、進化と向上に順応することになるのである。だから、自分の生命を委縮させることが断然ないのである。
我々の生命は、常に伸びよう伸びようとしているのだ。ここを忘れてはいけない。創造的なものなのだから。
(中村天風『運命を拓く』より)
私たちの生命の本質は、宇宙の進化と同じように「常に伸びよう、良くなろう」とするエネルギーに満ち溢れています。
年齢を言い訳にして成長を止めることは、この生命の法則に逆らうことです。
逆に、「昨日より今日、少しでも向上しよう」と上を向いている限り、生命は年齢に関係なく、尽きることのない活力と若さを生み出し続けてくれるのだと天風氏は説きます。
体力が落ちてから、本当の「理合い」が見えてくる
この天風氏の「常に伸びようとする生命」の教えを、最も体現しているのが合気道の世界です。
多くのスポーツや格闘技では、年齢とともに筋力や持久力が落ちれば、第一線を退くのが一般的です。
腕力やスピードという「若さの武器」が失われれば、通用しなくなるからです。
しかし、合気道はまったく違います。
合気道において、若さゆえの「力任せの動き」は、むしろ技の成立を妨げる最大の障害になります。
力で相手をねじ伏せようとすれば、必ず相手の抵抗を生むからです。
年齢を重ね、体力が落ちていく。
実はその時こそが、合気道における最大の「自己向上」のチャンスなのです。
腕力が使えなくなるからこそ、力に頼ることを諦め、自分の重心の落とし方、相手の気の流れ、タイミングといった「本当の理合い」を必死に探求するようになります。
「どうすれば力を使わずに技がかかるのか」という創意工夫が生まれます。
力みが抜け、心身が成熟していくことで、若い頃には決して到達できなかった深く美しい技がかかるようになる。
合気道とはまさに、生涯を通じて進化し続けることができる道なのです。
「完成」のない旅を楽しもう
「もうこの年齢だから」という言葉は、本来創造的であるはずのあなたの生命を、無理やり小さな枠に閉じ込めてしまいます。
仕事においても、人間関係においても、完成しなければ価値がないわけではありません。
完成を目指すその過程において、「より良くあろう」と創意工夫の意欲を燃やし続けること。その姿勢自体が、あなたに人並み外れた若さと溌剌(はつらつ)さを与えてくれます。
生命が萎縮することなく、宇宙の無限のエネルギーと共鳴し始めるのです。
今日の稽古
「もう若くないから」と、自分の可能性に蓋をしていないか。
生命はいくつになっても、常に伸びよう、良くなろうとしている。
年齢や体力の衰えを言い訳にして一歩引いてしまいそうな時、自分にこう語りかける。
「私の生命は、今この瞬間も伸びようとしている」と。
今の自分だからこそできる「創意工夫」を試し、成長を楽しむ。
今日も私は、限界を作らず、終わりのない自己向上という最高の稽古を実践する。
■ こちらの記事もあわせて読まれています
- 途切れない「気」が次につながる。中村天風と合気道に学ぶ、エネルギーを枯らさない稽古
- 苦しみを「喜び」に変える。中村天風と合気道に学ぶ、壁を楽しむ人生観
- 「怖さ」を知る人が本当に強い。稲盛和夫と合気道に学ぶ、相手を生かす「真の勇気」の稽古
■ この記事を書くにあたって読み返した本

コメント