課長になれない。
40代でそう思っているなら、この記事はたぶん役に立ちます。私自身が、そうだからです。
大手企業に転職して20年以上。管理職として部下を持っていますが、課長や部長という肩書はありません。
検索すると、「課長になれない人の特徴」という記事がたくさん出てきます。どれも、外側から解説されたものです。なれなかった本人が現実を書いたものは、あまり見当たりませんでした。
だから書きます。現実と20年見てきて分かったことを。
そして、明日から確認できることを一つ、渡します。
先に結論を書きます。
「実力が足りないから上がれない」という自己診断は、たぶん正確ではありません。
まず、現実のほうを書きます

つらいのは「なれないこと」より、後輩が上がっていくのを見ることでした
正直に書きます。
昇進・昇格の時期に自分の名前がないと、悔しいです。
そしてそれ以上につらいのは、後輩が上がっていくのを見ることです。
「おめでとう」と言います。本心から言います。でも、その日は少し長く感じます。
私にはもうひとつ、事情があります。中途入社なので、会社に同期がいません。
同期がいれば、「あいつも上がっていないな」と横を見られます。飲みに行って、笑い話にもできるかもしれません。その相手が、私にはいません。
代わりに見えるのは、年齢が下の人たちが課長クラスや重要なポジションに就いていく姿です。
中途入社の方なら、分かってもらえると思います。比べる相手が、下にしかいない孤独を。
そして、社内より社外のほうがきついです。
友人や知人と話していて、役職の話になる。そのとき、こう思われている気配があります。
「この人には、何か問題があるのではないか」
言われるわけではありません。だから、余計にきついです。
それでも、腐らないようにしています。
腐ったら終わりだと思っているからです。腐ってしまった人が周囲からどう見られるかは、長年会社にいれば嫌というほど見てきました。
だから自分を律しています。「律している」という言い方をするくらいには、意識的にやっています。自然にできているわけではありません。
実力があるから課長になるのか。それとも逆か

私が見てきたかぎりでは、順番が逆でした
ここが、この記事でいちばん言いたいところです。
一般的にはこう言われます。
「その上のポジションをこなせる実力があるから、そのポジションに就けるのだ」
これは、正しいと思います。実際、上に立つ人は上に立つだけのものを持っています。それを否定する気はまったくありません。
ただ、20年組織を見てきて、もうひとつの見え方があります。
人事権のある人は、ずっと前から目をつけています。
昇進の時期にいきなり決まるのではありません。数ヶ月、あるいは数年かけて育てています。
そして——必ずしも、その時点で実力がある人ばかりが選ばれるわけではありません。
気に入っている人。伸ばしたい人。その人に、課長に近い仕事の振り方をしていきます。難しい案件を任せる。上と接する場に同席させる。判断させる。
そうやって仕事を振られた人は、当然、経験を積みます。
そして実際にそのポジションに就くと、そのポジションに相応しい行動を取るようになります。立場が人を作る、というやつです。これが、かなり大きい。
だから私は、こう見ています。
- 実力があるから、課長になる ← これも本当
- 課長になるから、実力がつく ← これも本当
どちらか一方ではありません。
両方が同時に起きていて、先に選ばれた人が、後からさらに実力を身につけていく。そういう場面を、何度も見てきました。
この見方が正しいとすれば、ひとつ言えることがあります。
「自分は実力が足りないから上がれないんだ」という自己診断は、たぶん正確ではありません。
実力が足りないから選ばれなかったのではなく、選ばれなかったから実力がつく機会を得ていないのかもしれない。順番が違うだけで、あなたの能力の話ではない可能性があります。
では、明日から何を確認すればいいのか

確認するのは、いま自分に振られている仕事です
ここが、いちばん役に立つところかもしれません。
昇進の判断は、昇進の時期には行われていません。
いま書いたとおり、選ばれる人は数ヶ月から数年前から育てられています。
ということは、「今期はダメだった」という受け止め方が、そもそもずれています。
今期の結果は、もう何年か前から始まっていた話です。そして——次の判断も、いまこの瞬間に進行しています。
だから、確認することは一つだけです。
いま自分にどんな仕事が振られているか。
見方は、3つあります。
- 判断を伴う仕事が振られているか
決められた作業ではなく、自分が決める場面があるかどうか。判断を任される人は、判断の訓練を受けています。 - 上と接する場に呼ばれているか
自分の上司の、さらに上と話す機会。同席させてもらえるかどうかは、かなり分かりやすいシグナルです。 - 期待が伝えられているか(伝わってくるか)
次のポジションへの期待。直接伝えられていれば間違いないですが、明言されていなくても上司の言動の端々にそれを感じることがあります。
心当たりがあるなら、あなたはたぶん、その流れの中にいます。時期が来ていないだけかもしれません。
3つとも心当たりがないなら、正直に言って、待っているだけでは変わらない可能性があります。
これは残酷な話に聞こえるかもしれません。でも、知らずに5年待つより、知って動くほうがいいと私は思います。
私自身、これに気づくのが遅すぎました。
では、何で選ばれているのか

大企業では「波風を立てないこと」が、思った以上に効きます
では、選ばれる人は何が違うのか。私が見てきた範囲では、こうです。
- 無難な道を選ぶ人
- 波風が立たないよう、うまく立ち回れる人
- 見せ方が上手い人
この3つが、想像以上に効きます。
大きな組織では、問題を起こさないことが、成果を出すことと同じかそれ以上に評価される場面があります。人数が多いほど、そうなります。
これは会社が悪いという話ではありません。人数が多い組織では、そうならざるを得ないという構造の話です。
そして、ここからは自分のことを書きます。
私は、意見を言うほうです。「これは会社全体にとって、こうしたほうが役に立つはずだ」——そう思ったら、言います。それが正しいと信じているからです。
でも、たぶんそこが、少し疎まれる理由でもあります。
正しいことを言うことと、その意見が通ることは、まったく別です。私はそこが上手ではありませんでした。
これは、読者の方にも確認してみてほしいところです。あなたの意見は、正しいのに通っていないことはないか、と。
もしそうなら、正しさの問題ではなく、通し方の問題かもしれません。私はいまだにそこを掴めていません。ただ、掴めていないという自覚があるだけでも、違うと思っています。
もうひとつ、私には言いにくい理由があります
一度倒れた人を推す側にも、覚悟が要ります
これは個人的な事情なので、短く書きます。
私は以前、メンタルをやられて休職したことがあります。
そういう人間を昇進させようとする側にも、それなりの覚悟が要ります。
課長になれば、ストレスは確実に増えます。そこでまた倒れたら、推薦した人の責任が問われます。
これは差別ではありません。推す側の立場に立てば、当然の慎重さです。私が逆の立場でも、同じことを考えると思います。
だから、恨んではいません。ただ、同じ経験のある方には、知っておいてもらったほうがいいと思って書きました。(▶︎ 復職したくない、でも退職も怖い。休職中に知ってほしい「三つ目の選択肢」)
50代になると、焦りの中身が変わります

悔しさが、時間の焦りに変わります
40代のうちは、悔しさでした。
50代になると、質が変わります。
焦るのは、経験値の差です。
そのポジションにいる人は、そこでしかできない経験を積んでいます。判断すること。責任を負うこと。上と交渉すること。
その差は、毎年開いていきます。
そして、チャレンジできる時間が減っていきます。40代なら「これから」と言えたことが、50代では言いにくくなる。
外を見れば、同じ年代で経営者になっている人もいます。
会社の中だけを見ていると気づきませんが、外にはそういう人がゴロゴロいます。そういう経験は、早ければ早いほどいい。それは間違いありません。
だから焦ります。焦っても仕方がないと分かっていても、焦ります。
それでも、腐らずにいるためにやっていること

ポジションが与えてくれないものは、自分で取りに行くしかありません
ここからは、いまやっていることです。
経営感覚を磨く学びを続けています。
ポジションに就けば自然に身につくものが、就いていないと身につきません。それならば、自分で取りに行くしかない。座学でも、外の場でも、できることはあります。
そして、役職がなくても、やってきたことは確実にあります。
ある部署で、判定の最終判断を担っていたことがあります。肩書はありませんでしたが、そこは自分が決める役割でした。責任を自覚して、会社のためになると思うことを積極的にやりました。
部下の育成もしてきました。仕組みも作ってきました。その組織のあり方そのものにも関わってきました。
これは、役職がなくてもやったことです。誰かに認定されたわけではありませんが、やったという事実は、誰にも消せません。
もうひとつ、会社の外で続けていることがあります。
私は合気道を15年以上続けています。
合気道では、稽古を積んだ結果として昇級・昇段の審査を受けることができます。徐々に段位が上がっていきます。段を取ったから強くなるのではありません。その実力があると認められるから、段を授けられるのです。
会社では、ポジションが先に来て、実力が後から追いつくことがある。
稽古では、積んだものが先にあって、段が後から追いつく。
私は、後者のほうを信じたい。
会社では段位のつかない稽古でも、黙々と積むしかない時期がある。今はそう考えています。
「見限られたのかもしれない」と思ったとき

次の方向を探ることは、諦めることではありません
ふとこう思うことがあります。
もう、見限られているのではないか。
そうだとしたら、次の方向性を探ったほうが、あとで後悔しないのではないか。
これは、逃げの発想ではないと思っています。
会社の中で上がれないことと、市場で価値がないことは、まったく別の話だからです。
大企業の椅子の数は決まっています。外の椅子の数は、それとは無関係です。
ただ、いま辞めるべきだとも思っていません。
私は、まだ諦めていません。昇進の可能性がゼロだとも思っていません。
だから、転職に向けて動く前に、調べるだけは調べておきました。
40代50代が転職エージェントを選ぶときのルールは、20代とは違います。その調べた結論は、別の記事にまとめました。
▶︎ 転職エージェントが怖い40代・50代へ。転職する気がない今こそ、調べておく

いま動かなくていいと思います。ただ、選択肢を外に一つ持っておくと、明日からの職場での立ち方が変わります。それは、実際に調べてみて感じたことです。
最後に——

課長になれない現実を書いてきましたが、私はまだ諦めていません。
そして、この記事を書きながら気づいたことがあります。
「実力が足りないから」は、たぶん正確ではありませんでした。
椅子の数は決まっていて、選ぶ人はずっと前から選んでいて、選ばれた人が後から実力をつけていく。
それだけの話だったのかもしれません。
だから、明日ひとつだけ確認してみてください。
いま自分に、どんな仕事が振られているか。答えは、今期の人事発表ではなく、いま手元にある仕事のほうにあります。
選ばれなかったことと、能力がないことは、同じではありません。

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