目的の中に、相手は入っているか。稲盛和夫と合気道に学ぶ「ブレーキを外す」稽古

利他の目的

「何のために働いているのか」
答えられないわけではありません。

売上のため、評価のため、生活のため。
どれも本当のことです。

ただ、それを部下の前で言えるかというと、話は別です。
聞かされた側が、嬉しくないからです。

稲盛和夫氏は『成功への情熱』の中で、目的についてこう書いています。

自分だけでなく、ほかの人たちにも最上だと思ってもらえるような目的を持たなければなりません。誰にでも誇りを持って話せるような素晴らしい目的を持っていれば、恐れや罪悪を感じることなく、エネルギーのレベルを上げることができるのです。これが、事業の目的は、最高の道徳水準に従ったものであるべきだ、という理由のひとつです。

(稲盛和夫『成功への情熱』より)

目を引くのは「誇りを持って話せる」のほうだと思います。
でも、私が引っかかったのは、その前の一文でした。

「自分だけでなく、ほかの人たちにも最上だと思ってもらえるような目的」。
自分にとって最上、ではありません。相手にとっても最上かどうかを言っています。

大手企業で管理職をしながら、合気道を15年以上続けてきました。
合気道はもともと、人と戦って勝つための武術です。
それが「道」と呼ばれるようになった理由が、この一文で少し見えた気がしました。

目次

稲盛和夫が問うているのは、利他の心

目的に利他が入っているか

「誰にでも誇りを持って話せる目的」というのは、その目的を聞いた相手が嫌な気持ちにならない、ということでもあります。

売上を上げる。評価を得る。どちらも正当な目的です。
ただ、部下に向かって言えば、相手は自分が手段にされたと感じます。
目的の中に、その人がいないからです。

稲盛氏は、目的が立派かどうかではなく、そこに他人が入っているかどうか。すなわち「利他の心」を問うているのだと、私は読みました。

もとは人に勝つための武術

人に勝つための武術

目的に相手が入った瞬間、武術は「道」になった

合気道の元にあるのは、戦って相手に勝つための技術です。

それを「道」にまで昇華したのが、いまの合気道です。
宇宙の真理とつながり、愛で満たす。平和な武道。

はじめて聞いたときは、ずいぶん大きな話だと思いました。
ただ、稲盛氏の一文と並べると、腑に落ちるところがあります。

「勝つ」というのは、目の前の相手を倒すということです。

「お互いに成長する」ということは、自分だけではなく、相手を尊重すること。

そこまで目的を上げたからこそ、これだけ多くの人に愛されて広がってきたのだと思います。
技を「道」へと深めてきた日本の伝統は、そういう知恵なのだと思います。

もし、ただ勝つための技術のままだったら、強い人だけが残って、それで終わっていたはずです。

相手が入っていない目的は、口に出せない

話せない目的は、自分にも隠している

稲盛氏は、誇りを持って話せる目的があれば、恐れや罪悪を感じることなくエネルギーを上げられる、と書いています。ここは、心の仕組みの話だと思います。

人に説明できない目的を抱えていると、どこかで力を抜きます。
全力を出すほど、「自分だけのためにここまでやっている」という事実を、自分に突きつけることになるからです。

そのブレーキは、たいてい本人にも見えていません。
口に出して相手が嬉しい目的なら、自分にも隠すものがない。だから迷わず出せます。

稲盛氏は「そうすべきだ」ではなく、「そのほうが力が出せる」と言っています。

技をやめる必要はない。置き場所を変えるだけ

目的を変えるのは、仕事を変えることではありません。
合気道も、技をやめたわけではないと思います。投げる技も、抑える技も、勝つための武術だった頃と地続きです。
変わったのは目的の置き場所だけです。

売上を追うのをやめる必要はありません。
その売上で誰が助かるのかを、目的の側に入れればいい。

今日の稽古

今日の稽古

自分の目的が高いか低いかは、考えなくてもわかる。
口に出して、聞いた相手が嬉しいかどうか。

合気道が勝つための技術のままではなく「道」になったように、目的に相手を入れるだけで、出せる力も、続く長さも変わる。

きれいごとを言うためではない。
ブレーキを踏まずに済むようにするためだ。

自分の数字だけを追いかけそうになったとき、こう自分に言い聞かせる。
「この目的に、利他の心があるか」と。

今日も私は、勝つためだけの術を道に高める稽古を実践する。

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この記事を書いた人

合気道のまさ|合気道三段

人生のどん底から私を救ったのは、名著を「稽古」のように読み返す習慣と、合気道でした。

このブログでは、名著の知恵を合気道の身体感覚で読み解き、しなやかに生きる「型」をお届けします。

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