「復職が怖い」
「もう無理かもしれない」
そう検索して、ここに辿り着いたあなたへ。
先に、お伝えします。
その恐怖は、あなたが弱いからではありません。
そして今は、無理に動かなくていい。
なぜそう言えるのか。
かつて、私も同じ場所にいたからです。
念願だった大手企業への転職から3ヶ月で心身を壊し、2ヶ月の休職に入りました。
復職への恐怖は、休職期間中、一度も消えませんでした。
——そして今、こうして働いています。
この記事には、マナーモードの着信の光にすら怯えた日々のことも、「何もしない」ことの本当のつらさも、復職前に頭を占めた「終わった人だと思われる」という恐怖も、戻ってから感じたあの気まずさの正体も、書きます。
うまくいった話ではありません。
あのとき見た景色を、脚色せずに記録します。
あの日の自分への生存記録であり、いま震えているあなたへの手紙です。
🆘 いま、つらい気持ちが強い方へ
この記事には、私が限界だった頃の描写が含まれます。
読むのがしんどいと感じたら、どうか無理に読み進めないでください。・よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・無料)
・厚生労働省「まもろうよ こころ」(電話・SNS相談の窓口一覧)ひとりで抱えないでください。
話すだけで、少し呼吸ができるようになることがあります。
転職3ヶ月で、私は壊れた

このブログでは、これまで断片的に触れてきました。
ここでは、最初から順に書きます。
念願だった大手企業へ転職しました。
年収は大きく上がり、肩書きも整い、はたから見れば成功した転職です。
正直に言えば、転職前の私は、どこかでこう思っていました。
「大手はシェアも仕組みもあるのだから、殿様商売だろう」と。
違いました。
シェアを支えていたのは、仕組みだけではありません。
周囲にいたのは、頭が切れるだけでなく、圧倒的な根性で最後までやり切る、個として強い人たちでした。
そして大企業ゆえに、自分の裁量は小さい。
ひとつ進めるにも細かい報連相と根回しが要ります。
その場で決めて走る、というわけにはいかない。
それでいて、競合に勝つためのスピードは落とせない。
説明し、納得を取り付け、調整する。
その膨大な内部作業までを、圧倒的な物量とスピードでこなし続ける——それが、あの場所の日常でした。
「これは、自分が転職で求めていたものだったのか」
そう思ったときには、もう業務の波に飲み込まれていました。
気づけば時間外労働は月200時間を超え、睡眠はほとんど取れていませんでした。
転職から、わずか3ヶ月のことです。
もし今あなたが、まだ働きながらこれを読んでいて、当時の私と同じ気配を感じているなら——休むことは、逃げではありません。
私は、限界を超えてから休みました。
もっと早く休んでよかったと、今は思っています。
駅のホームで、あの声が聞こえた

やりがいも気力も尽きた頃でした。
駅のホームで電車を待つたびに、心の奥から声が聞こえるようになりました。
「ここから一歩踏み出せば、楽になれるんじゃないか」
——今なら、はっきり分かります。
あれは私の本心ではありませんでした。
限界まで削られた心が見せた、虚像です。
疲れ切った脳は、そういう嘘を平気でつきます。
「楽になれる」というのは、まったくの誤りでした。
そして私は、生きています。
あの声を信じなくてよかったと、心の底から思っています。
その後、私は2ヶ月の休職に入りました。
「何もしない」が、いちばんつらかった

休職とは、何にも囚われずに休むことだと思っていました。
実際は、違いました。
何もしない。
それなのに、ずっと怖い。
私が休んでいることを知らない他部署や取引先から、しばらくは何度も携帯に連絡が来ました。
携帯が鳴るのが怖い。
マナーモードにしていても、着信のたびに小さな光が点滅する。
その光が点くだけで、怖かった。
何もしていないのに、何ひとつ回復した感じがしない。
ずっと、暗闇の中でもがき苦しんでいるような気分でした。
外に出られるようになってからは、小旅行に行ってリフレッシュしようと頑張りました。
でも、心から楽しめた感じはありませんでした。
実家にも帰ってみました。
原風景に戻りたかったのだと思います。
でもそこで、人生の何かを掴んで復活する、といった劇的な出来事は、何も起きませんでした。
自己啓発書もずいぶん読みました。
そして知りました。
盲信すると、自分がなくなるということを。
手っ取り早い成功も、簡単に自分が変われる方法も、この世にはありませんでした。
そして、いちばん苦しかったのは、これです。
苦しいのに、何もしていないから、「楽をしている」と思われそうなことでした。
何かができたほうが、仕事ができたほうが、忙しいほうが、本来人の心は躍動して楽しいと思えるのかもしれません。
何もしない、何もできない、自由なようで、孤独である。
それが、いちばんつらいことなのだと、あのとき初めて知りました。
私を助けたのは、誰も何も言わなかったこと
では、何が回復を助けたのか。
正直に言うと、特効薬はありませんでした。
いちばん効いたのは、時間です。
時が、少しずつ心を癒してくれました。
そして、家族がそばにいてくれたこと。
もうひとつ、あとから思えば大きかったのは
——誰も命令しなかったことです。
「今はこれをやったほうがいい」
「それはやめておけ」
そういうことを、誰も言いませんでした。
ただ、そっとしておいてくれた。
あのとき、もし正しいアドバイスを毎日されていたら、私はもっと苦しかったと思います。
復職が怖かった

休職期間の後半、私の頭を占めていたのは、回復ではなく復職への恐怖でした。
好奇の目で見られるのだろう、と思いました。
「投げ出した奴が、よく戻ってきたな」と思われるのではないか。
「なんで辞めなかったんだ」と思われるのではないか。
腫れ物に触るように、距離を置かれるのではないか。
そして——メンタル不調で休んだ人間というレッテルが、一生ついて回るのではないか。
何より困ったのは、これです。
どういう態度でいればいいのか、まったく分からなかった。
元気そうにしていたほうがいいのか。
それとも、少しつらそうにしているほうが、病み上がりらしくてふさわしいのか。
そもそも、戻っていいものなのか。
会社を裏切っているような感覚さえ、ありました。
そして、この恐怖は——休職中、一度も消えませんでした。
💬 「これは甘えではないか」と、自分を責めていませんか。
この罪悪感の正体については、別の記事に書きました。
▶ 「復職したくない」は甘えじゃない。休職した大手企業管理職が書く、罪悪感の正体

戻ってからの、あの気まずさの正体
会社の配慮で、職場は少しずらしてもらいました。
戻り方は、フルタイムでした。直接おかしなことを言う人は、誰もいませんでした。
ただ、当時はまだ、メンタル不調からの復職者そのものが少ない時代です。
好奇の目で見られているのだろうなと思いながら、日々を過ごしていました。
うまく言えないのですが——暖かさも、冷たさも、あえて出さないようにしている。
そんな空気がありました。そこに、気まずさがありました。
「この人は、もう終わった人だ」
そう認定している人も、多かったのではないかと思います。
——ここから先は、私の想像です。
私には、休職から戻ってきた部下を迎えた経験がありません。
けれど今、管理職として、もし自分のチームにそういう人が戻ってきたらどうするかと考えると—— たぶん私も、あえて何にも触れず、普段通りに接すると思います。
そこで、気づきました。
私が「終わった人認定されている」と感じたあの無色の態度は、いま私がやろうとしていること、そのものだと。
あれは、拒絶ではなかったのかもしれない。
これは、ずっとあとに合気道を学んでから思うことですが——合気道では、間合いが大切です。
近すぎても、遠すぎても、合わせるのが難しい。
あのとき職場にいたのは、私を拒む人たちではなく、私との間合いを測りかねて、立ちすくんでいた人たちだったのかもしれません。
不思議なものです。
休職中の私を救ったのは「そっとしておいてくれたこと」でした。
同じ「触れないこと」が、片方では救いになり、片方では苦しみになる。
距離の取り方に、絶対の正解はないのだと思います。
私が、知らなかったこと
ひとつ、後悔していることがあります。
当時の私には、同じ会社に戻るという道しか、思い浮かびませんでした。
そして、その恐怖に囚われたまま、休職期間を終えました。
あとになって知ったのですが、休職中の人が復職に向けて生活リズムを整えたり、同じような経験をした人と過ごしたりできる「リワーク」「就労移行支援」という仕組みが、日本にはあります。
うつ症状などで休職している方が福祉制度として利用できるもので、休職中でも通えるところがあります。
もし当時これを知っていたら、復職のハードルは、少し下がっていたかもしれません。
何より大きいのは、制度そのものより——「自分が居ていい場所が、この世にある」と知れることだと思うのです。
休職中は、すべてが恐怖に包まれています。
人と会うことも。何かをすることも。復帰を想像することさえ。
そんな中で、行っていい場所がひとつあるだけで、呼吸が少し楽になる。
💬 「辞めるか、戻るか」の二択で迷っている方へ
この”三つ目の選択肢”については、費用や条件も含めて別の記事に整理しました。
▶ 復職したくない、でも退職も怖い。休職中に知ってほしい「三つ目の選択肢」
【いま、動けない方へ】
これは、今すぐ何かをしてください、という話ではありません。
動けない時期は、動かないのが正解です。
私も2ヶ月、ほとんど何もできませんでした。
「そういう場所がある」という事実だけ、頭の隅に置いておいてください。
それで十分です。
【少し動けるようになった方へ】
外に出られるようになって、「このまま同じ場所に戻るしかないのか」と行き詰まっているなら、見学だけしてみるという選択肢があります。
見学は無料で、その場で何かを決める必要もありません。
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正直にお伝えしておきます。
通所型なので、通える場所に事業所があることが前提になります(秋葉原・横浜・名古屋・梅田)。
利用には主治医との相談が必要です。
そして——私自身は利用していません。
体験談としては語れないので、「こういう選択肢がある」という事実としてお伝えしています。
職場定着率91%!うつ症状専門の就労移行支援【atGPジョブトレ うつ症状コース】
あれから
復帰して、今は元のペースで働いています。
ひとつ、お伝えしておきたいことがあります。
休職中の私は、何も見つけられませんでした。
自己啓発書にも、小旅行にも、実家の風景の中にも、救いはありませんでした。
私が本当に必要としていたものに出会えたのは、ずっとあとです。
復職して、さらに長い時間が経ってからでした。
ひとつが、合気道。
このブログのテーマですが、出会ったのは休職からずっとあとのことでした。
同じ型を、何百回と繰り返す。
そのたびに、少しずつ違うものが見えてくる。
もうひとつは、古典です。
稲盛和夫、松下幸之助、中村天風、その他多くの偉人たち。
その本物の人が生涯をかけて書いたものは、質が違いました。
一度読んで分かった気になるのではなく、同じ本を繰り返し読む。
それが自分には合っていました。
合気道と、古典の読書。
この2つが、少しずつ、私をしなやかに、強くしてくれています。
そうして生まれたのが、この「合気読書」です。
このブログは、あの暗闇の2ヶ月がなければ、存在していません。
——だから、もし今あなたが「何をしても回復した気がしない」と焦っているなら、伝えたいことがあります。
探しているものは、今すぐ見つからなくて大丈夫です。
私も見つかりませんでした。
先に時間が過ぎて、意味はずっとあとから追いついてきました。
順番は、それでいいのだと思います。
▶ このブログについて/はじめての方へ

当時の自分に、言いたいこと
もし今、あの頃の自分に会えるなら、こう言います。
一人じゃない。そっとそばにいる。 生きている価値がある。安心していい。
何もしない、そのつらさを、私が一番知っているから。
あなたを、誰も責めやしない。
生きている、ただそれだけでいい。
生きている、それだけで、価値がある。
🆘 もう一度、お伝えします
いま、つらい気持ちが強い方は、どうかひとりで抱えないでください。
・よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・無料)
・厚生労働省「まもろうよ こころ」(電話・SNS相談の窓口一覧)あなたが今日を生きていること。それだけで、十分です。

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