普段の生活の中で、私たちは「死」について考えることを無意識に避けています。
しかし、死を直視しないことで、「今、生きていることの尊さ」に気づきにくくなっているかもしれません。
限りある命を、私たちは本当に最大限に生かし切っているでしょうか。
死の準備とは、生を最大限に生かすこと
松下幸之助氏は、著書『道をひらく』の中で、人間にとって避けては通れない「死」との向き合い方について、次のように語っています。
死を恐れるのは人間の本能である。だが、死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れた方がいい。人はいつも死に直面している。それだけに生は尊い。そしてそれだけに、与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。それを考えるのがすなわち死の準備である。そしてそれが生の準備となるのである。
(松下幸之助『道をひらく』より)
死を恐れること自体は本能であり、仕方のないことです。
しかし、それ以上に「死への準備ができていないこと」を恐れるべきだと松下氏は説きます。
死の準備とは、決して終活のような物質的な整理だけを指すのではありません。
「与えられた生命を、どう最大に生かすか」を真剣に考えること。
それこそが死の準備であり、同時に「生の準備」になるというのです。
無駄な争いを避け、命を使い切る
この「命を最大限に生かし切る」という哲学は、合気道という武道が目指す「道」と重なります。
合気道は、単に相手を倒す技を身につけるためのものではありません。
この世に生かされていることを自覚し、人としての完成を目指す「人格形成の道」です。
さらに、武道として心身を鍛錬する中で、私たちは「危機察知能力」が高まります。
危険をいち早く察知し、回避する。
それは自分の身を守るためだけではなく、無駄な争いやトラブルを極力避けるということになります。
私たちの尊い命は、無意味な争いで消費するためのものではないのです。
危険を退け、心身を健やかに保つことで、この生かされている命を「世のため、人のため」に使い切ることに集中することができるようになります。
強く、やさしく、ただ生きる
自分の能力を最大限に発揮し、世の中に役立てていく。
強く、そしてやさしく生きる。
その境地は、一朝一夕には手に入りません。
地道な稽古を積み重ね、命を丁寧に使い続けた先に、自然とそうなっていくものです。
特別なことをしなくても、ただ生きているだけで世の中の役に立っている人間。
その人の所作、ふるまい、そして言動のすべてが周囲と調和し、この世の発展に貢献する自然なエネルギーとなります。
合気道の地道な稽古は、技を覚えるためだけの作業ではありません。
日々の稽古を通じて、美しく命を使い切れる人間を創り上げていく。
そこに、武道としての本当の尊さがあるのです。
今日の稽古
限りある命を、無駄な争いや意味のないことに浪費していないか。
死の準備とは、今与えられている生命を最大に生かすことである。
漫然と日々を過ごしてしまいそうな時、自分にこう語りかける。
「この生かされている命を、世のため人のために使い切ろう」と。
強く、やさしく、周囲と調和する。
今日も私は、この尊い生を最大限に生かすための稽古を実践する。
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