仕事の場で、自分の意見を通そうと声を荒げたり、腕をまくらんばかりに力説してしまうことはないでしょうか。
はたから見れば、いかにも「熱心に仕事をしている」ように見えるかもしれません。
しかし、そうした力任せの議論は相手の反発を生むばかりで、一向にものごとが進まないことがよくあります。
スムーズな議論こそ繁栄に役立つ
松下幸之助氏は、著書『道をひらく』の中で、やかましいだけで進展のない議論を「悪い自動車」に例え、次のように述べています。
口角アワをとばし、腕をまくらんばかりの大議論をしながら、一向にものごとが進まないのは、この悪い自動車のように、どうもあまり感心した姿ではない。やっぱりよい自動車のように、最小限必要の議論に止め、それも談笑のうちにスムーズに運んでゆきたいものである。それでこそ議論がほんとうに世の中の繁栄に役立つことになるであろう。
(松下幸之助『道をひらく』より)
大声で威嚇し、相手を力で論破しようとする姿は、エンジン音だけがうるさくて前に進まない車と同じです。
本当に世の中の役に立つのは、最小限の議論で、スムーズに相手と合意形成をはかる「静かな調和」なのです。
派手な技は、相手の「反発」を生む
この「大ぶりで力任せな動きは、うまくいかない」という真理は、合気道の技においても同じです。
カッコよく技を決めようと大ぶりに動き、力を込めて強く相手を投げようとする。
すると当然、相手の反発も強くなります。
それでもなお、強い力で相手をむりやり引っ張り、動かそうとする。
そうやって力でねじ伏せれば、はたから見るとすごい技が決まったように見えるかもしれません。
相手も物理的な力に負けて倒れるでしょう。
しかし、武道として見れば、それは決して「本当の技」ではありません。
最小限の動きで、最大の力を生み出す
たとえば「突き小手返し」という技があります。
相手が真っ直ぐに突いてきた時、自分の動きはあくまで「最小限」です。
入り身するにも、相手と接触するかしないかの間合いでスッと入る。
転換も、出ている足を円状に大きくぐるりと回すのではなく、直線的にスッと引く。
最短距離で動き、自分の軸をまっすぐに立てて、コマのように180度振り向くのです。
相手の突きの手に軽く触れて引きながら小手を返しますが、力任せに倒すのではありません。
接触している部分は、ほんの軽く触れている程度です。
しかし、ブレない軸による回転の動きで静かに相手を導くと、相手は「力で引っぱられている」という感覚がないため、反発すらできずにスッと倒されてしまいます。
派手に力でねじ伏せるのがカッコいい技ではありません。
反発すら生まない最小限の自然な導き、静かな導きこそが、相手との調和を生み、技を完成させているのです。
今日の稽古
自分の意見を通すために、声を荒げ、力で相手を動かそうとしていないか。
力任せの強引な導きは、必ず相手の反発を生む。
そんな無駄な力みを感じた時、自分にこう語りかける。
「自然体で、静かに導こう」と。
自分の中にブレない軸を立てれば、最小の動きで最大の調和が生まれる。
今日も私は、力任せの議論を捨て、スムーズな調和を生み出す稽古を実践する。
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