「何事もなく、平穏無事に一日が終わってほしい」
「面倒なトラブルや、難しい決断などしたくない」
仕事や人間関係で気苦労が絶えない日々が続くと、私たちはつい「不安もなく、努力もいらない無風状態」を理想の幸せだと思い込んでしまいます。
しかし、いざ何の波風も立たない、すべてが予定調和で進む状況に置かれたとき、私たちの心は本当に満たされるのでしょうか。
不安な岐路にこそ、人間としての張りがある
松下幸之助氏は、著書『道をひらく』の中で、私たちがつい憧れてしまいがちな「無風状態」の境遇に対して、本質を突くような問いかけをしています。
おたがいに、いっさい何の不安もなく、危険もなければ心配もなく、したがって苦心する必要もなければ努力する必要もない、そんな境遇にあこがれることがしばしばある。しかしはたしてその境遇から力強い生きがいが生まれるだろうか。
やはり次々と困難に直面し、右すべきか左すべきかの不安な岐路に立ちつつも、あらゆる力を傾け、生命をかけてそれを切りぬけてゆく ― そこにこそ人間としていちばん充実した張りのある生活があるともいえよう。
(松下幸之助『道をひらく』より)
困難を避けるのではなく、むしろ「生命をかけて切り抜けていく過程」にこそ、人間としての本当の輝きや生きがいがある。
松下氏は、安楽ばかりを求めてしまう私たちの姿勢に、静かな喝を入れてくれます。

「いつものやり方」が崩れた時に、本当の稽古が始まる
合気道の道場においても、「平穏無事(予定調和)」の中に本当の成長はありません。
もし稽古相手が、いつも同じ持ち方、同じ間合い、同じ角度で、こちらの都合よく攻めてくれるなら、技は面白いように決まるかもしれません。
そして、すべてが思い通りに進むと、まるで自分が達人になったかのように気分が良くなることでしょう。
しかし、ひとたび相手が変わったり、持ち方をわずかに変え、間合いをずらし、違う角度から本気で攻めてくれば、途端にいつもの技は全くかからなくなります。
「いつものやり方」が通用しない。
その困難に直面したとき、私たちは初めて自分の未熟さを痛感し、謙虚に足さばきや重心の落とし方といった「基本」を見直すことができます。
思い通りにいかない困難な状況に向き合い、試行錯誤する。
その時間にこそ、稽古の本当のやりがいと「張り」が生まれるのです。
困難は「あなたが輝くための舞台」
仕事も人生も、思い通りにいかないことの連続です。
けれど、その「右すべきか左すべきか」という不安な瞬間こそ、あなたが全力を注ぎ、魂を磨くための絶好の舞台になります。
決まったルーチンをこなすだけの毎日は確かに楽ですが、そこには成長も、深い充実感もありません。
予期せぬ困難が起きたとき、それを単なる「不運」と捉えて逃げるか、それとも「自分を成長させる最高の稽古相手」に転換できるか。
その視点一つで、あなたの人生の「張り」は劇的に変わります。
今日の稽古
何事も起きない平穏無事な毎日という幻想を追い求め、困難から逃げようとしていないか。
何の苦心もいらない無風状態からは、力強い生きがいは生まれない。
困難に直面し、右か左か迷って逃げ出したくなる時、自分にこう語りかける。
「この不安な岐路にこそ、充実した張りがあるのだ」と。
思い通りにいかない状況を、自分を磨く最高の相手と捉える。
今日も私は、困難を避けず、生命をかけて切り抜ける「張り」のある稽古を実践する。
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