「本を読んでも、すぐに内容を忘れてしまう」
「知識は増えたけれど、実際の仕事や現実に活かすことができない」
もしあなたがそんなもどかしい悩みを抱えているなら、それはまだ、その「考え方」が本当の意味で自分のものになっていないからかもしれません。
情報が溢れる現代、私たちは次々と新しい本を読み漁り、知識を詰め込むことばかりを急いでしまいがちです。
しかし、本当に価値のある読書とは、一体どのようなものなのでしょうか。
今回は、このブログ『合気読書』の核心であり真髄ともいえる、知識を「無意識の行動」へと昇華させる方法についてお話しします。
稲盛和夫が説く血肉化:無意識で行動できるまで
世界的な企業を育て上げ、独自の経営哲学を打ち立てた稲盛和夫氏は、学びの本質的な到達点について、著書『京セラフィロソフィ』の中でこのように厳しく述べています。
私の話を血肉化し、自分の思想、理念、哲学にまで高めていなければ、それはまだ自分の「考え方」にはなっていないのです。たとえ無意識であっても、その考え方で行動できるようにならなければいけません。
フィロソフィの内容を何度も反芻し、皆さんの中で血肉化していくように努めていただきたいと思います。
(稲盛和夫『京セラフィロソフィ』より)
「知っている」ということと、「実際にできる」ということの間には、超えがたい明確な違いがあります。
本を読んで一時的に納得しただけでは、まだ自分の考え方になったとは言えません。
素晴らしい思想や哲学の内容を何度も、何度も反芻する。
そして、たとえ無意識であっても、いざという瞬間にその考え方に基づいて正しい判断と行動ができるようになって初めて、本当の意味で「学んだ」と言えるのだと稲盛氏は説いているのです。
合気道に学ぶ型の力:身体が勝手に動くまでの反復
この「無意識レベルまで血肉化する」という果てしない難題に対して、私は合気道の稽古を通じて一つの確かな答えを見つけました。それが、読書を単なるインプットではなく「型稽古」として捉え直すアプローチです。
合気道の道場では、同じ型を何千回、何万回と愚直に繰り返します。
一度できたと思っても、次の瞬間にはできなくなる。
相手の体格やタイミングが変われば、途端に技が通用しなくなる。
上手くいかない現実に直面しても、ただ泥臭く反復を重ねていく。
するとある日、頭で考えるよりも先に、ふっと身体が自然に、最適に動く瞬間が訪れます。
読書も、これと全く同じです。
一度読んで満足するような小手先の読書テクニックでは、先人の深い知恵はなかなか身につきません。
素晴らしい名著の一行を「型」として心に据え、何度も、何度も繰り返し読み込んで身体に染み込ませていく。
合気道の稽古のように言葉を反復することで初めて、ビジネスの現場や人生の岐路に立ったとき、稲盛氏のような「正しい判断」が自然な振る舞いとして出てくるようになるのです。
「合気読書」という、静かな熱意が宿る道
これは、決して簡単な道ではありません。
一度読めば劇的に人生が変わるような、魔法のテクニックでもありません。
しかし、稲盛氏をはじめとする先人が遺してくれた素晴らしい思想を、本当の意味で自分の血肉にする。
その明確な目的を持って、私たちはその泥臭い道を信じ、立ち止まらずに歩み続けていくのです。
型稽古のように名著を繰り返し読み込み、自分の中に先人の視点を取り込んでいく。
ただの「消費される読書」が、人生の軸を調える「命の稽古」へと変わる。
これこそが、私が道場と本棚の間を行き来する中でたどり着いた、「合気読書」の真髄なのです。
今日の稽古
今日、本の中から心に深く響いた「アンダーラインの一行」を選び、もう一度静かに読み返す。
そして、「私はこれを、無意識でも行動できるレベルまで落とし込めているだろうか」と反省してみる。
簡単な道ではないからこそ、その繰り返しの先にしかたどり着けない圧倒的な高みがある。
今日も私は、素晴らしい考え方を血肉にするため、名著の一行と真摯に向き合う「合気読書」の稽古を実践する。
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