40歳で課長になれていないと、遅れている気がします。
厚生労働省の調査では、課長級の平均年齢は49.5歳です。
数字だけ見れば、40歳で課長になっていないことは、まったく普通です。
ただ、この数字を見ても焦りは消えません。
比べている相手が、平均ではないからです。
私は大手企業で20年以上働く管理職です。51歳になりました。
数字で安心できなかった理由を書きます。
課長級の平均年齢は49.5歳、非役職者は41.8歳

厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」の第8表に、役職別のデータがあります。
| 役職 | 平均年齢 | 平均勤続年数 |
|---|---|---|
| 部長級 | 53.1歳 | 22.6年 |
| 課長級 | 49.5歳 | 20.9年 |
| 係長級 | 45.4歳 | 17.5年 |
| 非役職者 | 41.8歳 | 10.8年 |
まず、非役職者の平均年齢が41.8歳です。役職に就いていない人の平均が、40代前半。
40歳で役職がないことは、数のうえでは多数派の側にあります。
ここで一つ、読み方の注意があります。
この49.5歳は、課長に昇進した年齢ではありません。
いま課長級の席にいる人たちの、平均年齢です。何歳で課長になったかは、この調査からは分かりません。
40歳で課長になっている人は、課長層の中では若いほうです。
ただ「平均より9年早く昇進した」とは言えない。そこは分けて考える必要があります。
そのうえで言えるのは、40歳で課長になっていないことを「遅い」と呼ぶ根拠は、統計の中にはないということです。
それでも焦るのは、平均と比べていないからです

平均値は、顔を知らない人の集まりです。
実際に自分が比べるのは、同じ会社の、顔を知っている人です。
人事異動と昇進昇格の発表があります。
そこに後輩の名前が載るようになる。一人ではなく、だんだん目立ってくる。
そのとき、全国平均は何の役にも立ちません。
「自分は遅れている」と感じるのは、統計を見たからではありません。
発表の掲示を見たからです。
「管理職」と「役職」は、別のものです
大企業では、管理職という等級と、課長・部長という役職が、分かれていることがあります。
等級のうえでは管理職。ただ、ラインの長ではない。
部下を持つ立場で仕事をしていても、肩書きはつかない。
私もその状態です。
20年以上同じ会社にいて、管理職として働いていますが、課長でも部長でもありません。
この状態は、社内では説明が要りません。みんな仕組みを知っているからです。
困るのは社外です。名刺を出す場面、久しぶりに会った人に近況を聞かれる場面。
何と答えるのが正確なのか、いまだに少し躊躇します。
「40代 役職なし」と検索する人の中には、私と同じ状態の人がいるはずです。
役職がないことと、責任がないことは、別のことです。
後輩の名前が載るようになったとき

私自身、最初に感じたのは、30代後半でした。
はっきりした出来事があったわけではありません。
ただ、会社がこちらを向いてくれていない、という感覚がありました。
40代に入って、それが決定的になりました。
発表に後輩の名前が載る。怒りは湧きませんでした。「なんであいつが」とは思わない。
代わりに出てくるのは、問いのほうです。
なんであの人が上がるのに、自分はないのか。
その問いには、答えが返ってきません。
そしてだんだん、自分はダメなのかな、と思い始める。
もう認められることはないんだ、と思うようになる。
そして、みんなうまくやっているなあ、とも思う。
本人には、普通に接します。それ以上でも、それ以下でもありません。
避けたわけでもなく、特別に祝ったわけでもない。日常のまま、仕事を続けます。
でもこの「普通」でいることが、いちばん消耗するのかもしれません。
50代になって、時間の計算が変わりました
それでも、いつか認めてもらえると信じていました。
頑張れば、報われる。成果を出せば、取り戻せる。正しく評価される日が来る。
そう思っているうちに、50代に入りました。
50代になると、計算が変わります。
いまから役職に就いたとしても、役職定年が近い。
会社の側から見れば、あえて上げようとは思いにくくなります。
候補として名前が挙がること自体が、なくなっていく。
実際には、待っていれば評価が変わる、ということは起きませんでした。
社内の役職と、外からの評価は、別の話です
社内の評価は、会社の事情に左右されます。誰を上げていこうか。これからは若手に経験させよう。自分では選べない部分が大きい。
社外は、別の基準です。どの役職だったかではなく、そこで何をやってきたかで見られます。どんな成果を出してきたか。何ができるのか。肩書きではなく、中身が問われます。
私はいま、転職を考えているわけではありませんが、自分の仕事が外からどう評価されるのかは調べています。

それでも腐らないと決めています

苦しいかと聞かれれば、苦しいです。
ただ、腐らないことだけは決めました。
腐ると、人間性が卑しくなります。
誰かの失敗を待つようになる。評価されている人を、素直に認められなくなる。そういう人間にはなりたくない。
だから仕事は、懸命にやります。
役職がつかないから手を抜く、という選択もあるのだと思います。
ただ、そうしたときに何が残るのか。せっかくこの世に生まれてきたのです。
精一杯、生き切りたい。
最後に——役職は会社が決め、意欲は自分が決める

諦めていいものと、諦めてはいけないものがあります。
役職は、会社がつけるものです。
どの担当に置かれたか、誰の下についたか、いつ入社したか。自分では動かせない条件の上で決まっていきます。そこは、そういうものとして受け止めるしかありません。
仕事に対する意欲は、そうではありません。これは自分が決めるものです。
役職は、この先もつかないかもしれません。
それでも、仕事の質を落とさないことだけは、自分で決められます。
これも自分が運命に試されている心の修行として、与えられた試練として、向き合う姿勢が問われています。
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