仕事での予期せぬトラブルや、日常の突発的なアクシデント。
想定外の出来事が起きると、私たちはつい焦り、パニックになり、我を忘れて適切な判断を見失ってしまいがちです。
どんな困難が目の前に現れても、心を乱さず冷静に対処するにはどうすればよいのでしょうか。
晴れてよし、曇りてもよし、富士の山
中村天風氏は、著書『運命を拓く』の中で、いかなる時も動じない心の理想的なあり方について、次のように語っています。
心は常に「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山」、大山雷鳴するといえども、心は常に微動だにしない、というようでなければならない。自分のいのちを守る心は、しっかりとして、本当に静かで、秋の池の水のような、澄み切ったものでなければいけない。
(中村天風『運命を拓く』より)
嵐が来ようと雷が鳴ろうと、微動だにせず堂々とそびえ立つ富士山。
そして、秋の池の水のように澄み切った静かな心。
自分のいのち(人生)を守る心は、周囲の状況に振り回されることのない、確固たる静寂を持っていなければならないと天風氏は説きます。
型通りには来ない現実と、応用の効く身体
合気道の道場でも、この「静かな心(平常心)」を養うための稽古が日々行われています。
合気道では、さまざまな相手の攻撃を想定し、その一つ一つを切り出して型稽古を繰り返します。
正面打ち、横面打ち、突きなど、多種多様な攻撃に対する動きを身体に叩き込みます。
しかし、一歩道場を出て実戦(トラブル)になれば、相手が綺麗な「型通り」に襲ってくることなどありません。
それでも、反復した稽古は決して無駄にはなりません。
型を極めるまで稽古を積み重ねると、すべてにおいて「応用」が効くようになります。
想定外の角度から問題が飛んできても、自然と身体が反応し、その瞬間の相手の動きに最も適した捌きができるようになるのです。
パニックにならないこと自体が「稽古の成果」
この地道な稽古の積み重ねは、やがて日常の立ち居振る舞いにも「落ち着き」をもたらします。
「これだけ稽古をしてきた」という静かな自信があると、どんな困難が降りかかってきても、心は静かで落ち着いています。
想定外の事態に直面しても、決してパニックにならない。
実はそれ自体が、武道における偉大な「稽古の成果」なのです。
命のやりとりをするような極限状態であっても、焦ることなく、自分自身を第三者のように客観的・冷静に見つめることができる。
だからこそ判断を誤らず、稽古通りの滑らかな動きで事態を収拾することができるのです。
今日の稽古
想定外のトラブルが起きた時、パニックになって自分を見失っていないか。
焦りや不安が心を覆いそうになったら、自分にこう語りかける。
「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山」と。
いかなる困難が来ても、澄み切った心で、自分を冷静に俯瞰する。
今日も私は、静かな自信を胸に、微動だにしない平常心を養う稽古を実践する。
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