仕事において、私たちはつい「目に見える結果」ばかりを追い求めてしまいます。
売上を伸ばすこと。
事業を拡大すること。
役職を上げること。
もちろんそれらも大切ですが、結果を出すことだけが私たちの「人生の目的」なのでしょうか。
会社が立派になったことは手柄ではない
稲盛和夫氏は、著書『京セラフィロソフィ』の中で、会社が成長することの本当の意味について、このように語っています。
心を磨いていけば、望まなくとも会社は立派に成長していくはずです。ただし、会社が立派になったことは、手柄でも何でもなく、それをつくり上げていく過程で磨き上げた自分の人格、人間性こそが、皆さんにとって財産となるのだということを、ぜひ理解していただきたいと思います。
(稲盛和夫『京セラフィロソフィ』より)
会社が大きくなったことや、素晴らしい業績を上げたことは「手柄でも何でもない」と稲盛氏は言い切ります。
本当に価値があるのは結果そのものではなく、その結果にたどり着くまでの困難な過程の中で、懸命に働き、心を磨き上げた「自らの人間性」こそが、一生の財産になるというのです。
合気道の真髄も「技の完成」にはない
この「結果は手柄ではなく、過程こそが財産である」という教えは、合気道と重なります。
長く稽古を続けていると、やがて美しく、力みのない立派な技ができるようになります。
しかし、武道の観点から言えば「技が立派にできるようになったこと」自体は、実は何でもないことなのです。
相手を綺麗に投げ飛ばせたから偉いわけでも、黒帯を締めているから偉いわけでもありません。
思い通りに身体が動かないもどかしさ。
相手とぶつかってしまう自分の力みやエゴ。
それらと真正面から向き合い、何千回、何万回と地道な基本稽古を繰り返してきたこと。
その途方もない過程を通じて、自らの弱さを克服し、己の人格を高めてきたこと。
それこそが武道の真髄であり、人生においても決して奪われることのない「絶対的な財産」となります。
結果は、人格を磨いた後からついてくる
立派な会社も、立派な技も、それ自体を目的として強引に掴み取ろうとすると、必ずどこかに歪みが生じます。
そうではなく、目の前の仕事に、目の前の稽古に、ただひたむきに打ち込み、心を磨き続けること。
「望まなくとも会社は立派に成長していく」という稲盛氏の言葉通り、結果というものは、自分の人格を磨き続けた先に、自然と後からついてくるものです。
今日の稽古
目に見える成果や、表面的な手柄ばかりを誇りそうなとき、自分にこう語りかける。
「本当に誇るべきは、その過程でどれだけ己の心を磨き上げたか」と。
技ができたかどうかは問題ではない。
今日も私は、結果にとらわれず、地道な過程の中で自らの人格を高める稽古を実践する。
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