成果や効率、目に見えるわかりやすい結果が求められる現代。
私たちはつい、体裁のよいプレゼンテーションや表面的なコミュニケーションのテクニックといった「うわべの美しさ」や「かっこよさ」に気を取られ、物事の本質を見失ってしまうことがあります。
数字や肩書き、表面上のテクニックを追い求めるあまり、人間として一番大切な何かをどこかに置き去りにしてしまっていないでしょうか。
目に見えない「心の美しさ」
松下幸之助氏は、著書『続・道をひらく』の中で、日本人が本来持っていた精神性について、次のように警鐘を鳴らしています。
和と信と情と勤勉の心あつい伝統の日本の庶民の心は、今やさくばくとしつつあると言える。目に見えるうわべだけの美しさにとらわれて、目に見えぬ大事な心の美しさを、どこかにおきざりにしてしまったのだろうか。
美しい日本にしよう。美しい日本人になろう。
(松下幸之助『続・道をひらく』より)
和(調和)、信(信頼)、情(思いやり)、そして勤勉。
これらは目には見えなくとも、人と人が共に生きていく上で欠かせない「心の美しさ」です。
投げられて、思わず笑みが漏れる不思議な感覚
この「目に見えない心の美しさ」を、具体的な身体感覚として体現する道があります。
日本で生まれた武道、合気道です。
合気道には試合がありません。
これは非常に象徴的なことです。
相手を打ち負かし、勝敗という「目に見える結果」を争うのではなく、目に見えない「気」の動きを感じ取る稽古を続けるからです。
「やってみたらわかる」と言うのは逃げのように聞こえるかもしれませんが、やはり最後は自分で体感しないと、あの気の動きを理解することはできません。
道場では、不思議な光景が日常的に繰り広げられます。
こちらから思い切り力を込めて掴みにいったはずなのに、全くの抵抗感なく、ふわっと崩されてしまう。
力では絶対に動かせないはずの相手に、気を出して導かれるあの感覚。
投げ飛ばされて倒れた自分が、「今のは何だ?」と不思議に思い、思わず笑みすら漏れてしまうことがあります。
道場に息づく「和・信・情・勤勉」
理屈を超えたその不思議な技は、決してうわべのテクニックだけで成り立つものではありません。
松下幸之助氏の言う「和・信・情・勤勉」が揃って初めて極まるものです。
相手と対立せず、気と気を合わせて技が極まる「和」。
互いに相手を信じているからこそ、全力で技を掛け、受けが取れる「信」。
相手を思いやり、自他共に高め合おうとする「情」。
そして、気が遠くなるような地道な稽古を黙々と積み重ねる「勤勉」。
うわべの技の美しさや強さだけを求めるのではありません。
稽古を通じてお互いを高め合い、人格を極め、人としての成長を求めていく。
それこそが合気道の持つもっとも日本的な精神性であり、心の美しさなのだと思います。
今日の稽古
目に見える結果ばかりに気を取られそうになった時、自分に問いかける。
「目に見えない心、日本人の高い精神性を忘れていないか」と。
うわべの美しさだけを取り繕っても、自他共に成長することはできない。
今日も私は、人を導き、自分を高める「見えない心の美しさ」を磨く稽古を実践する。
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