愚痴を恥じるのは、成長の証。中村天風と合気道に学ぶ、自己嫌悪を「自己統御」に変える稽古

仕事がうまくいかない時や、人間関係で理不尽な思いをした時。
私たちはつい、不満をこぼしたり、愚痴を言ってしまったりすることがあります。

しかし、その言葉を口にした直後、「またネガティブなことを言ってしまった」「あんなこと言うべきではなかった」と、恥ずかしさや自己嫌悪に苛(さいな)まれることはないでしょうか。

愚痴を言わない完璧な人間になれたら、どんなに素晴らしいだろうか。そう思って自分を責めてしまう。
しかし、その「恥ずかしい」という感情は、実はあなたが確実に成長している何よりの証拠なのです。

目次

恥じる心は「自己統御」の第一歩

中村天風氏は、著書『叡智のひびき』の中で、不平不満と心のコントロールについてこのように述べています。

不平や不満を口にすることを愧(はず)かしい事だと気がつく様になつたら、尠(すく)なくとも自己統御が出来て来た証拠である。
(中村天風『叡智のひびき』より)

私たちは誰も完璧ではありません。時にはやり損なって、消極的な言葉を吐いてしまうこともあります。さらに大きな問題なのは、愚痴を言うことだけではなく、「愚痴を言っている自分にすら気づけない状態」です。

口から出た不平不満を「恥ずかしい事だ」と客観的に認識できるようになれば、自分の心を外側から冷静に観察する「自己統御(セルフコントロール)」の機能が確実に働き始めているということなのです。

ぶつかりに「気づく」ことから上達が始まる

この「失敗やズレに気づくこと自体が、上達の証拠である」ということは、合気道の稽古では身体で理解できます。

合気道の技をかけている時、意識して気を切らさずに相手を導いていたつもりでも、途中でどうしても相手の力と「ぶつかってしまう」ことがあります。

初心者のうちは、なぜぶつかったのか、そもそもぶつかっていることがわからず、力づくで相手をねじ伏せて「うまく出来た」と錯覚してしまうことすらあります。自分の状態に気づけていないのです。

しかし、稽古を重ねていくと、相手とぶつかったその瞬間に「あ、今のはダメだ。力で引っ張ってしまった」「丹田が合っていない」と、自分のつまづきポイントを明確に認識できるようになります。

この「ぶつかりに気づける」ということこそが、自分の弱点を知り、修正できる力がついたという上達のサインです。
気がつくことができれば、相手に「もう一度、同じ持ち方でやらせてください」と素直にお願いし、力の抜き方や気の出し方を修正していく。そうやって誠実に弱点に向き合って、稽古を積み重ねていくことができるのです。

日常の「ぶつかり」を修正する

仕事や日常で不満を口にしてしまった時は、合気道の技で相手と「ぶつかってしまった」のと同じです。
その不満を言ったことに気づき、「恥ずかしい」と思えたのなら、あなたの心はすでに上達のサイクルに入っています。

自己嫌悪に陥る必要はありません。
「あ、今ぶつかってしまったな」と自分の状態を冷静に認識し、次からは愚痴を口にすまいぞ、と反省する。そのように心を整え直せばいいのです。

今日の稽古

つい不満や愚痴を口にしてしまった時、それに気づいて恥じている自分を肯定する。
「自分の弱みに気づく力がついている。ちゃんと成長している証だ」と。

完璧な人間などいない。大切なのは、ぶつかったことに気づき、反省し、修正すること。
今日も私は、不満を口にした自分を責めるのではなく、それに気づけたことを成長の糧として、心を整える稽古を実践する。

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この記事を書いた人

こんにちは。
合気道のまさです。

「本を読むだけで人生は変わる!」をモットーに名著を紹介しています。

私自身、稲盛和夫さんや中村天風さんなどの本を「稽古」のように繰り返し読んだことで、その思想や哲学を、頭だけでなく無意識のレベルで身につけることができました。

このブログでは、名著のエッセンスを、合気道の身体感覚を交えながらわかりやすく解説しています。

私と一緒に、人生を切り拓く稽古を始めませんか。

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