人生は「一瞬」の連続でできている。稲盛和夫と合気道に学ぶ、気を切らさない「ど真剣」の稽古

日々の生活や仕事の中で、私たちはつい「これは自分の好きな作業だから頑張ろう」「これは大事なタスクだけど、苦手だし誰も見ていないから軽く流しておこう」と、物事に対する「真剣さ」に波を作ってしまいがちです。

しかし、合気道の稽古において、そうした「ムラのある心がけ」はすぐに技の乱れとして表れます。一つ一つの技はすべて根底で繋がっており、何かを疎かにする心は、必ず全体の動きを滞らせてしまうからです。

合気道の技は、一瞬たりとも気を切らすことが許されない「連続した今」の積み重ねでできています。たとえば、「右半身両手取り天地投げ」という技があります。

相手に両手首を強く掴まれた瞬間、まずは右手を相手の膝のほうへと沈めるように下ろしながら、左手を一本の剣のように胸の前にスッと構えます。その動きと完全に同調させて、自分自身の膝を柔らかく緩める。
そして、下へ向かった手で相手を崩しながら、上にある手で天に向かって螺旋を描くように動かし、入り身して投げる。

文字にするだけでも複雑なプロセスですが、これらはバラバラの動作ではありません。
最初から最後まで、一瞬でも気を抜くところがあれば、そこで動きは止まり、相手に反発する隙を与えてしまいます。
手首を下ろす一瞬、膝を緩める一瞬、螺旋を描く一瞬。そのすべての部分で気を出して真剣に向き合い、その「一瞬一瞬の気」が途切れずつながっているからこそ、最終的に「天地投げ」という一つの美しい技が完成するのです。

目次

一瞬一瞬を「ど真剣」に生きる

この「一瞬の気をつなぎ合わせる」という合気道の身体感覚は、私たちの人生や仕事における時間の使い方、ひいては生き方そのものと重なります。

稲盛和夫氏は、著書『京セラフィロソフィ』の中で、人生を大きく好転させるための条件について、このように語っています。

自分というものを大事にし、一日一日、一瞬一瞬をど真剣に生きていくことによって、人生はガラッと変わっていくのです。
(稲盛和夫『京セラフィロソフィ』より)

「ど真剣」という言葉には、ただ真面目にやるというレベルを超えた、圧倒的な熱量が込められています。

人生がガラッと変わる時というのは、なにか特別なイベントがある時や一発逆転のチャンスを掴んだ時ではありません。
今日の会議の準備、目の前のお客様へのメール一通、家族への朝の挨拶。そうした名もなき「一瞬一瞬」の動作に対して、気を抜かずにど真剣に向き合えたかどうか。その途切れない気の連続が、やがて確固たる実力となり、人生という一つの大きな技(結果)を完成させるのです。

部分を疎かにする者は、全体を成し得ない

ビジネスの現場で「最後だけ帳尻を合わせればいいだろう」と、途中の確認作業や小さな約束を疎かにする人がいます。しかし、そういう人の仕事は、どこか綻びがあり、最終的な信頼を得ることはできません。天地投げの途中で気を抜いてしまい、相手に抵抗されて投げきれないのと同じです。

苦手な仕事であっても、取るに足らないと思えるような日常の作業であっても、その「部分」を疎かにしないこと。今、目の前にある一瞬に対して、自分の内側からスッと気を出し、ど真剣に向き合うこと。

その「一瞬を生き切る」という姿勢の連続が、やがてどんな壁をも乗り越えるブレない自分軸を作り上げ、私たちの人生を明るく前向きなものへと変えていくのです。

今日の稽古

「ここは適当でいいか」と面倒臭い気持ちが出てきた時、自分にこう語りかける。
「今、この一瞬に前向きな気を出し、ど真剣に向き合っているか」

人生という技は、連続した一瞬の気のつながりで完成する。
今日も私は、好き嫌いで物事を判断せず、目の前の一瞬一瞬に気を出し、ど真剣に向き合う稽古を実践する。

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■ この記事を書くにあたって読み返した本

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この記事を書いた人

こんにちは。
合気道のまさです。

「本を読むだけで人生は変わる!」をモットーに名著を紹介しています。

私自身、稲盛和夫さんや中村天風さんなどの本を「稽古」のように繰り返し読んだことで、その思想や哲学を、頭だけでなく無意識のレベルで身につけることができました。

このブログでは、名著のエッセンスを、合気道の身体感覚を交えながらわかりやすく解説しています。

私と一緒に、人生を切り拓く稽古を始めませんか。

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