「良かれと思って相手の間違いを指摘したら、激しく反発されてしまった」
「正論で説得しようとするほど、相手の心が離れていく」
私たちは、他人のミスや欠点が目について、気になることがあります。
しかし、「ここを直してほしい」とストレートに伝えると、かえって事態がこじれてしまうことは少なくありません。
なぜ、正しいことを言ったはずなのに、関係が悪くなってしまうのか。
今回は、デール・カーネギー氏が説く「他人から間違いを指摘される心理」と、合気道で体感する「本能の防御反応を起こさせない理合い」についてお話しします。
どんなに間違っていても、人は自分が悪いとは思わない
人間関係の原則を説き明かしたデール・カーネギー氏は、人間心理の難しさについて、著書『人を動かす』の中でこう語っています。
私は、残念ながら、四十歳近くになってやっと、人間はたとえ自分がどんなに間違っていても決して自分が悪いとは思いたがらないものだということが、わかりかけてきた。
他人のあら探しは、何の役にも立たない。相手は、すぐさま防御体勢を敷いて何とか自分を正当化しようとするだろう。それに、自尊心を傷つけられた相手は、結局、反抗心を起こすことになり、まことに危険である。
(デール・カーネギー『人を動かす』より)
客観的にどれほど間違っていても、人は本能的に「自分が悪い」とは認めたがりません。
正論であら探しをされた相手は、一瞬で心を閉ざし、自己防衛に走ります。
そして、傷つけられた自尊心は、やがて強い反抗心へと変わる。
どれだけ正しい意見でも、相手の防御反応を引き出してしまっては、人を動かすことはできません。
ぶつかった瞬間、相手の身体は反射で守りに入る
この「あら探しをすると、すぐに防御体勢を敷かれる」という心理を、合気道は身体の反応として教えてくれます。
技をかけるときに相手と力でぶつかると、すぐに抵抗されます。
こちらが「技をかけよう」という信号を相手に送ってしまった瞬間、相手は頭で考えるより早く、一瞬で、反射的に身体を固めて防御するのです。
人間には、本能的に身を守る手段が備わっています。
心も身体も、外からの攻撃を察知すると、即座に守りを固めるようにできています。
力でねじ伏せようとすればするほど、相手の反発も強くなってしまうのです。
接点を、放っておく
だからこそ、合気道で技をかけるとき、相手との「接点」に一切意識を向けません。
相手がこちらの腕をがっちり掴んでいることすら意識させないほど、掴まれている部分はただ放っておく。
その代わり、指先からスーっと気が流れ出るようにイメージし、部分の力ではなく身体全体で技をかけます。
すると相手は、「技をかけられている」という感覚や違和感に気づかないまま、心地よく導かれ、いつの間にか崩れてしまうのです。
攻撃を察知させないから、相手の防衛本能が作動しない。
相手に抵抗意識を、本能の部分からさえも起こさせない。
この力みのない繋がりがあって初めて、力をぶつけ合うことなく、美しく技が決まるのです。
相手の防衛本能を刺激せず、ベクトルを合わせる
ビジネスでもこの「接点を放っておく」理合いは活かせます。
ミスをした部下や、意見の合わない人に「それは間違っている」とぶつかれば、相手の心は本能的に防御体勢を敷きます。言い訳で自分を正当化したり、内心で反抗心を燃やしたり。
それは、カーネギー氏の言う通り、人間の自然な防衛反応なのです。
大切なのは、正論を振りかざして相手の自尊心を握りしめ、振り回そうとしないこと。
間違っているという「接点」はあえて放っておき、相手を否定せず、「どうすれば良くなるか」という未来の方向へ、全体感を示しながら言葉を投げかける。
相手の防衛本能を刺激せず、ベクトルを合わせる方向に力を変換することで、相手は拒絶されたと感じることなく、こちらの意図にも心地よく導かれていくのです。
論破しようとするのをやめ、本能の反発すら起こさせない、中心への気の合わせを意識する。
その摩擦のない姿勢が、難しい人間関係をも調和へと導いてくれるのです。
今日の稽古
他人のミスを見つけた時、正論で相手の心をねじ伏せようとしていないか。
「自分が正しい」という傲慢さから、相手に無駄な防御反応を刺激していないか。
対人関係で摩擦が起きそうな時、自分にこう語りかける。
「相手を否定せず、未来に向かおう」と。
正論で動かそうとする無理を手放し、本能の反発さえ起こさせない人間力で向き合う。
今日も私は、どんな相手とも調和する「ぶつからない」稽古を実践する。
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