ビジネスにおける「利益追求」や、武道における「相手を倒す技」。
表面的な部分だけを切り取ると、時にビジネスは卑しく、武道は野蛮な行為に見えることがあるかもしれません。
しかし、本当に大切なのは「その先に何を見ているか」です。
人間として正しいことを追求する
稲盛和夫氏は、著書『稲盛和夫の実学』の中で、京セラがバブル経済に踊らされることなく堅実に発展できた要因について、次のように語っています。
その結果、京セラや第二電電もバブル経済に踊らされることなく堅実に発展を続けている。今振り返ってみると京セラ創業時、会計というものをまったく知らなかったため、それを自分で学び、「人間として正しいことを追求していく」という私自身の経営哲学をベースに「会計の原則」を確立できたことが、その要因であると思える。
(稲盛和夫『稲盛和夫の実学』より)
既存の知識やテクニックではなく、「人間として正しいことを追求していく」という根本的な哲学。
それこそが、いかなる時代の波にも流されない強固な原則を生み出したのだと稲盛氏は説きます。
すべては「人として何が正しいか」をベースに考える。
この哲学は、経営だけでなく人生のあらゆる場面において、決してブレない軸となります。
人を傷つける技か、人を導く技か
この「人として何が正しいか」を根本に据える考え方は、合気道の道にも通じています。
合気道の技だけを見れば、相手を投げ飛ばし、関節を極める野蛮な行為に見えるかもしれません。
しかし、合気道の根本にあるのは「道を極めること」、すなわち「人格の完成への道」です。
私たちが稽古しているのは、人を傷つける技なのか、殺す技なのか。
それとも、人を導く技なのか、人を生かす技なのか。
表面的な勝敗や力強さだけを追い求めれば、それはただの卑しい暴力に成り下がってしまいます。
しかし、「人として何が正しいか」という哲学をベースに技を磨き続ける時、それは自他を生かし、調和を生み出す尊い「道」へと昇華されるのです。
本質を極めれば、すべてに通じる
合気道の稽古を通じて、「人として何が正しいか」を徹底的に追求していく。
その根本の理合いを極めることができれば、武道の世界にとどまらず、ビジネスや人間関係など、人生のあらゆる方面に対して通じていくことができます。
枝葉のテクニックではなく、根本の哲学を磨くこと。
そこにこそ、私たちが日々地道な稽古を積み重ねる本当の意義があるのです。
今日の稽古
表面的な行為や、目先の利益だけにとらわれていないか。
「人として何が正しいか」を常に判断のベースに置く。
迷いが生じた時、自分にこう問いかける。
「これは、人として正しい道だろうか」と。
根本の哲学を極めることが、あらゆる道を拓く鍵となる。
今日も私は、技を通じて人間として正しいことを追求する稽古を実践する。
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■ この記事を書くにあたって読み返した本
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稲盛和夫の実学 新装版 経営と会計 (日経ビジネス人文庫) [ 稲盛和夫 ] 価格:990円 |


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