これだけ努力しているのに、なぜか結果が出ない。
そんな時期はありませんか。
知識も増やしている。
工夫もしている。
それでも結果が出ないとき、人はつい「自分には才能がないのではないか」と考えてしまいます。
けれど本当に、足りないのは「才能」なのでしょうか。
それとも、別の何かでしょうか。
知識よりも、才能よりも「誠実な熱意」
松下幸之助氏は、著書『道をひらく』の中で、よい仕事が生まれる条件についてこう述べています。
知識も大事、才能も大事。しかし、それがなければほんとうに仕事ができないというものでもない。
たとえ知識乏しく、才能が劣っていても、なんとかしてこの仕事をやりとげよう、なんとしてでもこの仕事をやりとげたい、そういう誠実な熱意にあふれていたならば、そこから必ずよい仕事が生まれてくる。
(松下幸之助『道をひらく』より)
知識よりも、才能よりも、誠実な熱意。
能力のなさを嘆く前に、静かですが、重みのある言葉で語りかけてきます。
上達を支えていたのは才能ではなかった
合気道は、日常とは違う身体の使い方をします。
力が強ければよいわけではありません。
器用であればうまくいく、というものでもありません。
最初は、これが本当に自分の身体なのかと思うほど、思うように動かせません。
何度も同じ技を繰り返す。
崩され、やり直し、また崩される。
なかなか上達しない自分に、焦りを感じることもあります。
それでも稽古に向かう。
「できるようになりたい」。
その思いだけは、手放さない。
すると、ある日ふと気づきます。
以前よりも、ほんの少し自然に身体が動いていることに。
派手な変化ではありません。
けれど確かな変化です。
上達を支えていたのは、特別な才能ではありませんでした。
繰り返し向き合おうとする、誠実な熱意だったのです。
誰も見ていない場所での積み重ね
仕事も同じです。
最初からうまくいくことなどありません。
つまずき、叱られ、書類を何度も差し戻される。
評価されない。
誰も褒めてくれない。
それでも、誰も見ていなくても、ほんの少しでも前に進もうとする気持ちは持ち続けました。
完璧でなくてもいい。
昨日より一歩前へ。
振り返れば、その積み重ねが、いつの間にか壁を越えさせてくれていました。
才能があるかどうかは、すぐには分かりません。
けれど、誠実に向き合うかどうかは、自分で選べます。
うまくいかない時間は、その熱意を試されている時間なのかもしれません。
今日の稽古
もう一度やるか、それとも諦めるかの瀬戸際に立った時、自分にこう語りかける。
「才能は選べない。でも、熱意は自分で選べる」
うまくいかないときこそ、誠実な熱意を持て。
今日も私は、才能のなさを言い訳にせず、目の前の壁に誠実に向き合う稽古を実践する。
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