「どうしてもこのやり方でないといけない」
「なんとかして自分の考え通りに進めなきゃ」……。
一つの見方に固まってしまうと、視野が狭くなります。
無駄にこだわりが強くて、自分を縛ってしまいます。執着すればするほど、出口が見えなくなっていくものです。
今日は、松下幸之助氏が説く「心の自在さ」と、合気道の「掴まれても自由に動く感覚」を通して、執着を手放して自由になる心の使い方についてお話しします。
松下幸之助が説く「心が窮屈ではいけない」
松下幸之助氏は、著書『道をひらく』の中でこう語っています。
ものには見方がいろいろあって、一つの見方がいつも必ずしもいちばん正しいとはかぎらない。時と場合に応じて自在に変えねばならぬ。心が窮屈ではこの自由自在を失う。だからいつまでも一つに執して、われとわが身をしばってしまう。身動きならない。そんなところに発展が生まれようはずはない。
(松下幸之助『道をひらく』より)
「心が窮屈では、自由自在を失う」
私たちはつい「こうでなければならない」という考えにとらわれてしまいます。
その頑(かたく)なさが自分の可能性を閉ざし、自分の心身が縛られて進退窮まるほど追い込まれてしまいます。
合気道の「掴まれても自由自在」
この「執着が身動きをとれなくする」ということは、合気道の稽古で痛いほど実感します。
合気道では、相手にがっちりと手首を掴まれることがあります。力で振りほどこうとすればするほど相手の力が増してきて、にっちもさっちもいかなくなるのです。
ここで問われているのが、「執着しないこと」です。
掴まれた、という事実にこだわらない。
「こう動くべきだ」と頑なにならない。
相手の力の方向を感じながら、ふっと意識を柔らかくする。日常の動作をするようにすっと腕を上げてみると、不思議なほど楽に動かすことができるのです。
執着しなければ、心も身体も自然と動く道を見つけることができます。
力みを手放せば、自由自在になれるのです。
「一つに執す」ことの代償
仕事でも、人間関係でも、同じことが起きています。
私たちはつい「前と同じやり方」を力ずくで繰り返してしまいます。変えることへの恐れや、「これまでやってきたのだから」という過去への執着が、視野を狭くするのです。
しかし松下氏が言うように、一つに執着すれば身動きが取れなくなります。
見方を変える。
動く方向を変える。
ふっと力を抜いて、広々とした気持ちで事に当たることで、頑なに閉じていた道がひらけることがあるのです。
今日の稽古
今日、こうでなければならないと心が窮屈になりそうなとき、自分にこう言い聞かせる。
「別の見方があるはずだ」
がっちり掴まれている現状に執着せず、ふっと腕を上げるように、自然と動ける方向を探す。
今日も自分の執着を手放し、「自由自在」の稽古を実践していく。
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