「何度やっても、どうしてもうまくいかない」
「頭ではわかっているのに、どうしてもその通りに動けない」
仕事でも趣味でも壁にぶつかった時、私たちはつい、自分の殻に閉じこもり、一人で悶々と悩んでしまいがちです。
「恥ずかしい」「プライドが許さない」と、人に助けを求めることをためらってしまうことはないでしょうか。
己の殻に閉じこもらず、素直に耳を傾ける
松下幸之助氏は、著書『道をひらく』の中で、壁にぶつかった時の素直な心の重要性についてこう説いています。
わからなければ、人に聞くことである。己のカラにとじこもらないで、素直に謙虚に人の教えに耳を傾けることである。それがどんな意見であっても、求める心が切ならば、そのなかから、おのずから得るものがあるはずである。
(松下幸之助『道をひらく』より)
わからなければ、素直に人に聞く。
大人になり年齢を重ねるほど、自分のプライドや経験が邪魔をして、素直に「教えてください」と言えなくなるものです。
しかし、求める心が真剣でありさえすれば、どんな相手の意見からでも必ず得るものがあり、道は開けるのだと松下氏は語ります。
「力を抜く」がわからない
この「素直に教えに耳を傾けること」の価値は、合気道の稽古をしていると痛いほどよくわかります。
合気道の稽古において、簡単そうに見えて実は非常に難しく、多くの人が壁にぶつかるのが「力を抜く」という感覚です。
「腕力で引っ張るのではなく、力を抜いて腕の重みだけで相手を崩す」と頭では理解して、自分なりに脱力したつもりでも、いざ技をかけると、どうしても相手を力で引っ張ろうとしてしまいます。
そんな時、一緒に組んでいる相手が「まだ力が入っている」「引っ張っている」と教えてくれます。
相手がそう感じるということは、自分の技ができていないという事実の突きつけでもあります。
ここで「いや、力を抜いているつもりだ」と言い張ってしまえば、成長はそこで止まります。
真剣さが、成長の場を生み出す
しかし、そこでプライドを捨て、「どうすれば力が抜けるのだろうか」「どこに力が入っているか教えて欲しい」と、謙虚に、そして真剣に相手に教えを乞うたならどうなるでしょう。
こちらの「何とかできるようになりたい」という真剣な熱意が伝われば、相手もまた「どうやれば伝わるか」と真剣に向き合い、教えてくれます。
そこには単なる技の練習を超えた、深い「成長の場」が生まれるのです。
たとえその日、その場では完璧にコツを掴めなかったとしても、真剣に向き合った身体は「何かしらの感触」を確実に覚えています。
そして次回、同じような技の稽古をする時に、ふと「あ、少しだけ感覚が掴めたかもしれない」という瞬間が訪れます。
それは魔法のように突然できるようになったわけではありません。
己の殻に閉じこもらず、常に謙虚に、懸命に稽古に向き合い続けた「素直な心の積み重ね」が、少しずつ技を身につけさせてくれているのです。
今日の稽古
壁にぶつかった時、自分の殻に閉じこもって一人で悩んでいないか。
わからなければ、素直に人に聞く。謙虚に教えを乞う。
プライドが邪魔をして強がりそうになった時、自分にこう語りかける。
「求める心が真剣ならば、必ず得るものがある」と。
相手と真剣に向き合う泥臭い積み重ねだけが、確かな成長を連れてくる。
今日も私は、己の殻を破り、素直に謙虚に教えに耳を傾ける稽古を実践する。
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