なぜ私たちは問題を複雑にしてしまうのか

稲盛和夫

「どうして、こんなに悩んでいるのだろう。」

仕事のこと。
家族のこと。
将来のこと。

考えれば考えるほど、問題は大きく、そして重くなる。

けれど本当に、そんなに複雑なのだろうか。

本質は、シンプルにした先にある

稲盛和夫は『京セラフィロソフィ』の中でこう述べている。

私たちはともすると、ものごとを複雑に考えてしまう傾向があります。しかし、ものごとの本質をとらえるためには、実は複雑な現象をシンプルにとらえなおすことが必要なのです。事象は単純にすればするほど本来の姿、すなわち真理に近づいていきます。
(稲盛和夫『京セラフィロソフィ』より)

問題が難しいのではない。
私たちが、難しくしている。

本質は、意外なほど単純なところにある。

合気道の技も、実は単純だ

合気道の技は、一見すると複雑に見えます。

相手が大きく受け身を取り、
技をかける側もあちらへ、こちらへと動いている。

派手で、難解で、高度なことをしているように見える。

しかし、稽古を重ねていくとわかります。

技は「基本動作」の組み合わせにすぎない、と。

入り身する。
姿勢を正す。
相手の力を受ける。
重心を崩す。

ひとつひとつは、とてもシンプル。

そしてそれらをつないでいるのが
「気を合わせ続ける」という、これまたシンプルな原理。

派手に見える技も、
基本を愚直に磨いた結果にすぎません。

私が必ずやること

私は悩みが生まれたら、必ず紙に書き出します。

頭の中の霧を、外に出す。

すると

たとえば「将来が不安」という曖昧な塊が

・収入の不安
・健康の問題
・方向性の迷い

といった具体的な課題に分かれます。

それをまた一つずつ分解する。

不安は、分解すると扱える。

問題は複雑なのではない

多くの場合、問題は複雑なのではありません。
感情が絡み合っているだけ。

不安、焦り、見栄、恐れ。

それらが絡まると、
単純なことも巨大に見えてしまいます。

複雑にしているのは、たいてい自分です。

だからこそ
一度、紙の上に置く。

合気道でいえば、
相手の力をいったん受け止める。

そして、中心を保ちながら整理する。

すると、
シンプルなことのつながりだということに、気づきます。

今日の稽古

いま抱えている悩みを、3分だけ紙に書き出す。
そして問う。

これでシンプルになったか?
これで自分が扱える課題にまで、分解できたか?

整えれば、進める。

今日も静かに、自分を整える稽古を続ける。

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