道場で相手と組んで技の稽古をする時、言葉を交わさずとも、相手の心の内が手に取るように伝わってくる瞬間があります。
道場では時折、「合気道なんて本当に技が効いているのか」「どうせ予定調和だろう」と、斜に構えて力任せに手首を掴んでくる人がいます。そうした疑心暗鬼の状態で触れ合うと、お互いの気は反発し合い、動きはギクシャクして、決して良い稽古にはなりません。
一方で、技が不器用であっても、「真剣に打ち込もう」「謙虚に学ぼう」とする誠実な熱意を持った人との稽古は、全く空気が異なります。ひたむきに稽古を繰り返す姿勢は、技を受ける側(受け)の心にも確実に伝わります。
すると、受けの人間も「この人のために、もっとしっかり受けを取ろう」「今の力の方向が違うことを、自分の身体でフィードバックしてあげよう」と、懸命に応えたくなるのです。
結果として、技の稽古の時間が、お互いを心身ともに高め合う稽古の場へと変わっていくのです。
仕事や人生において、「誰も手伝ってくれない」「周囲の協力が得られない」と、まるで自分だけが孤立無援の戦いをしているように感じてしまうことがあることでしょう。
そこで今日は、松下幸之助氏が語る「目に見えない力」と、合気道における誠実な熱意がもたらす共鳴から、周囲の加勢を引き寄せる心のあり方についてお話しします。
磁石が鉄を引き寄せるように
ビジネスの現場では、どれほど立派な計画を立て、高いスキルを持っていたとしても、自分一人の力で成し遂げられる仕事には限界があります。
大きなプロジェクトを動かす時、あるいは困難な壁にぶつかった時、最後は「周囲の人間がどれだけ協力してくれるか」にかかってくるのです。
では、どうすれば人は動いてくれるのか。
「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏は、著書『道をひらく』の中で、人が人を引き寄せる原理について、非常にシンプルな言葉で語っています。
磁石は鉄を引きつける。何も目にはみえないけれども、見えない力が引きつける。しぜんに鉄を引きつける。(中略)
その人の誠実な熱意が目に見えない力となって、自然に周囲の人を引きつける。磁石が鉄を引きつけるように、思わぬ加勢を引き寄せる。そこから仕事ができてくる。人の助けで、できてくる。
(松下幸之助『道をひらく』より)
人を動かすのは、論理でも、権力でもありません。
「何としてもこれを成し遂げたい」という、その人からほとばしる誠実な熱意です。
その熱意が目に見えない磁石の力となり、周囲の人の心を動かし、思わぬ加勢を引き寄せるのだと松下氏は語ります。
斜に構えるのをやめ、熱意を放つ
私たちは仕事に慣れ、人間関係の摩擦に疲れてくると、つい傷つくことを恐れて「斜に構える」ようになります。
「どうせ一生懸命やっても評価されない」「真面目にやるだけ損だ」と心を閉ざし、熱意を持たずに目の前の業務を処理するようになります。
しかし、道場での稽古と同じように、その冷めた心は確実に周囲の人たちに伝わります。
「誰も助けてくれない」と嘆く時、実は自分自身が熱意という磁力を失い、周囲から人を遠ざけてしまっているのかもしれないのです。もちろん環境のせいということもあるでしょう。しかし変えられるのは、まず自分側です。
不器用でもいい。
知識が足りなくてもいい。
まずは自分から、目の前の仕事や人に誠実に向き合い、熱意を放つこと。
謙虚に教えを乞い、真剣に打ち込むその姿は、必ず誰かの目に留まります。
そして「手伝ってあげよう」「一肌脱ごう」という、見えない加勢を引き寄せるのです。
仕事も武道も、「人の協力」によって、より高みへと向かっていくことができるのです。
今日の稽古
「誰も協力してくれない」と感じた時、自分にこう問いかける。
「人を惹きつけるだけの誠実な熱意を持っているのか」
周囲が冷たいから熱意を失うのではない。
自分が熱意を失うから周囲が冷たくなるのだ。
今日も私は、自分のエゴを捨て、目の前のことに誠実な熱意を持って取り組む稽古を実践する。
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